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第12章―残骸のマリア―5
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「オーチス、お前は人の正気が何処までかを知っているか? 私はあの時に既に正気を失った。もし、あいつが私にアレをさせなかったら私は今頃は正気の人間だった。でも、今は正気の人間を止めたんだ。何故だかわかるか?」
クロビスは肉の塊をお皿の上でナイフとフォークで器用に切りながら意味深にそのことを話した。その様子はどこか狂気を放っていた。死体に向かって尋ねると彼は突然、声をあげて怒鳴った。そして、テーブルの上をバンと叩いて怒りを剥き出しに露にした。
『あの男が私の正気を奪ったんだ! アレさえなければ私は正気だった! お前にはわかるかオーチス!? 私のこの苦しみが……! あの時の声が、耳の奥にこびりついて離れないんだよ! あれの声がッツ!』
クロビスは死体に向かって怒鳴り散らすと、ナイフを肉の塊に突き立てて、激しい怒りに燃え上がった。それは怒りと憎しみが絵の具のようにグチャグチャに混ざり合うようなただならぬ感情だった。
「お前はあの時、あの場所にいたよな? 私は今でもあの時のことをハッキリと覚えているぞ。ああ、決して忘れぬものか。どれだけの時や歳月が過ぎようと、昨日のように思い出す。それがどれほど苦痛かは、お前などにわからないだろ。どうだ、人から信じてもらえない絶望と苦痛は? いくら自分の身の潔白や真実を証明しても、誰にも信じてもらえない気持ちはどんな気分だったか? お前があいつに余計な事を喋らなければアレは今頃は死なずに済んだのかもしれない!ああ、そうだ! そのとおりだ! 全ては全部お前のせいだオーチス! お前が父に余計な事を言わなければ……!」
そこで溜めていた怒りが頂点に達すると、一気に感情を爆発させながら怒鳴り散らした。
「フン……まあ、よい。もう時期終わる。お前の苦痛や魂はこれでようやく全てから解放されるのだからな」
クロビスは死体に向かって話すと冷酷な表情で睨みつけた。そして、椅子から立ち上がるとテーブルから離れて死体の前に立ち止まった。
「今までご苦労だったオーチス。もう休んでいいぞ――」
最後にそのことを伝えると、切り開かれた頭の上に看守の帽子を被せて、彼は部屋を出て後にした。あの日、幼かった少年の心に残ったのものは一体、何だったのか?
それはきっと彼の心を狂わす程の残酷で悲しい現実だったのかもしれない。彼の記憶に今も鮮明に残るのは朽ちた聖母(マリア)の壊れた残骸の姿。それが彼の心に深い爪痕を残した――。
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