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驥足を伸ばす
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やはり父親に売られたという事実は少なからず伯岐の精神に衝撃と影響を与えているようだった。夕餉を用意したと言っても首を横に振るばかりで食べようとしない。強く言えば従うのだろうが、如何せん私は伯岐に惚れていて、そのせいであまり強く言い出せないでいた。
「仕方ない。粥を用意させるから、それだけは食べなさい。いいね?」
そう言えば素直に頷く伯岐に自然と笑みが零れる。少年のような少女のような、あやうく純粋さのある美しさ。正直可愛すぎて他の誰にも見せたくないとも思う。
この際のろけは置いておいておこう、外にいた使用人に声をかける。
「粥を二人分用意しなさい。支度させた夕餉はお前たちで食べてしまっていい」
「はあ……しかし、奥方様がお待ちですが」
「構わない」
あの女はどうも苦手だった。一言目には子を授かること、二言目には欲しい物のことばかり。一族にこの家の財を吸わせる心算なのだろう。なるべくなら顔を合わせたくはない。
部屋の中に戻ると少しばかり伯岐の顔が曇っている気がしたが、それがなんのせいなのかはまだつきあいが浅い分よく分からなかった。しかし、他人がこう塞いでいるときに何の所為かと考えるなど私がいままでしたことがないことだ。愛の力は偉大なのだろう。
「血雲として、なにか詠ってくれないかな」
「……詠わねば、だめですか」
「私は詩人を買ったんだ。わかるね?」
伯岐は暗い顔で俯いた。頭を振ってそっと私の袖にしがみついてくるのがまたいじらしく可愛らしい。ぼそりと呟くように伯岐は言う。
「私は、嫌いなんです。自分自身も、自分の詩も。決していいものではないのです。きたなくてくらい言葉を美々しく飾り立てて、自分につきつけているだけなんです」
流石に、その言葉は癪に障った。評価した私も否定していると、伯岐は気づいていないのだろうか。卑屈だとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。同時に、ここまで卑屈にしてしまったらしい伯岐の母親に殺意を覚える。
「それなら、君には何の価値もないことになるね。わかるかい?価値がない者を養うほど、私はお人好しじゃないんだ。このまま放りだしたらどうなるだろうね?」
「ッ……!!」
怯えたような目。こんな目をさせたくはないが、一度ここは少し脅さなければいけない。私は血雲の詩が気に入っている。こんなところで立ち止まらせたくはない。まあ、とはいえその詩を世間に出したくないという気もするのだが……。
「君の容姿なら、そのまま殺されるなんてことはないだろうね。……見世物か、娼館に入れられるか……」
「やめ、て、ください……!」
見開いた紅い目、真っ青な顔、がたがたと震える身体……ふるふると首を横に振り怯えきって私の袖を握っていた。私に縋るしかないことを、伯岐は理解しているはずだ。
「自分が汚れているなどと、思ってはいけないよ。そんなことで自分を穢してはいけない。君が詠うから君の詩は美しいんだ。自分の才能を、否定してはいけないよ」
伯岐はぶんぶんと頭を縦に振る。随分と悪いことをしてしまったように思う。売られたことで怯えきっている伯岐に追い打ちをかけてしまった。だが、これをしておかなければ、きっと伯岐はこのまま詩を捨ててしまう。
「はい……はい!なんでも、しますから……すてないで……!」
「大丈夫、君を捨てたりなんかしないよ」
そんな勿体ないことができるはずがない。第一私は伯岐にべた惚れしているんだ。あれは脅しであって、本気で捨てられるはずがない。
「本当……ですか?」
「ああ、本当だよ」
頭をいたわるように撫でてやると、伯岐は安心したように目を細めた。
扉を叩く音がする。おそらく使用人が粥を持ってきたのだろう。
「粥をお持ちしました」
予想通り、だ。伯岐のもとに持って行ってやると、その匂いのせいかくうと伯岐の腹が鳴る。途端に真っ赤になる伯岐はとても可愛らしい。
「安心して、お腹がすいたんだろう?ほら、食べなさい」
粥の器を受け取ると、伯岐はふうふうと冷ましながらがつがつと食べ始めた。強がっていても腹は空いていたのだろう。私も一匙掬って口に運ぶ。今日は青菜と梅が入れてあるらしい。さっぱりとして食欲も増し、とても食べやすい。これは料理人を褒めてやらなければいけない。
私が半分ほど平らげた時には、すでに伯岐はすべて食べ終えていた。物欲しそうに私を見ている。……粥だけでは足りなかったのだろう。
「残りでいいなら、食べるかい?」
こくりと頷く伯岐に器を渡すと、ゆっくりと、今度は味わうように食べ始める。そのさまを見ながら、私はただ、今までにないくらい柔らかい笑みを浮かべていた。
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