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獺祭
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伯岐の部屋に入ると、いつのまにか凄まじい量の書物が机から床に広げられていて足の踏み場もない。書物は必要かと思ってそれなりの量を運び込んでおいたが、それの半分ほどは広げられているのではないか。
「あ、仲影様、すみません、散らかしてしまいまして」
書物を踏まないように慎重に伯岐に近づく。ざっと見たところどうやらこれは華代六史に出てくるような神話の時代のことを書いた書物が主であるようだ。あとは有名な詩人の詩文であったり、なぜこんなものを部屋に入れたのかわからないような眉唾物の書物まで広げてあった。詩人の部屋になぜ惚れ薬の調合の書物など入れてしまったのだろうか、私は。
「邪魔してすまないね。詩を作っているのかい?」
「そのつもりなんですが、書物が面白くてなかなか……」
紙には一字も書かれておらず、硯の墨はすっかり乾いてしまっている。伯岐の手元には神仙の時代の中では一番眉唾物と言われている書物があった。
「うちの書庫にはこんなに壮大なものはなかったのでとっても面白いです」
「それはよかった」
夢中で書物を読む伯岐を暖かい気持ちで眺めていた。伯岐自体が私にとっての癒しになっているのかもしれない。ゆったりとした時間が流れており、とても居心地がいい。
「あの、仲影様」
「何だい?」
控えめにいう伯岐は書物を机に置き、私を真っ直ぐに見つめる。その眼は真剣なもので、自然と私も伯岐を見つめていた。
「どうして、私にこんなに良くしてくださるのですか」
「君が、君だからだよ。あのね、伯岐」
依怙贔屓していると言われてしまえばそれまでだ。確かに私は伯岐を優遇している。肌で感じるほどにしてしまっただろうか。添い寝したり、叔成を伯岐のために呼んで来たり。……確かにそれなりに優遇している気はする。
「私は君に惚れているんだ」
「えっ……」
戸惑い私を見る伯岐。昨日会ったばかりの男にそんなことを言われても戸惑うだけだろう。だが、早く伝えたいと心のどこかで急いていた己がいるのも確かな事である。
「なんで、私なんかに……」
「自分を卑下してはいけないよ。それは君に感情を寄せていたり、評価している人に失礼だ。私は君の全てに、どうしようもなく惹かれている。理屈なんてないよ」
だが、随分混乱してしまっただろう。少しばかり整理する時間を置いた方が良いのではないだろうか。
「すまない、混乱させてしまったね。また、明日来るよ。夕餉は運ばせるから」
それだけ告げ、書物を踏まないようにだけ気を付けて逃げるように扉から部屋の外に出る。ああ、私も随分臆病者だ。音を立てて扉を閉じると、痛いくらいの静寂が耳を刺す。
嫌われていなければいいな、とそれだけ口の中で呟き書斎に続く石畳をかつかつと靴音をたてながら歩いて行った。
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