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暗香
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結局一睡もできないまま夜明けを迎えてしまった。いい加減出仕しなければいろいろなところから文句を言われるだろうから今日は宮城に出向かなければならないだろう。
伯岐のところに行くのは夜になるが、まあそれも仕方ない。
馬車の用意をさせ、乗り込むと門前を見知った顔が通りかかった。こちらを向いてしたり顔で笑っている。あきらかにこうして私が出かけるのを知っていた顔だ。
「季丹殿ではないか」
「やあ、仲影殿。珍しいな」
「乗るかい?」
「お言葉に甘えて」
彼は左丘渚、字を季丹という。戸部の尚書をしているがどうもそれだけではないらしい。易と星に通じており占いはよく当たるとか。暑かろうが寒かろうが絶対にはずさない毛皮でできた襟巻や派手な装飾品で外見的にも異色を放っている。
……しかし、よくない噂もちらほら聞く。男誑しで嵌った男を破滅に追いやる、などという眉唾物だが。
馬車が動き出すと、季丹殿はにやにやと訳知り顔で笑っている。いつもそうだ。人の事をなぜか良く知っている。星を読むにしても、あまりにも正確すぎて本当に笑えない。
「いい買い物をしたみたいだなぁ、今度小生にも見せてくれないかな」
「何の事かな」
「血雲、だよ。小生には隠し事なぞ無駄だと、貴公もわかっているはずだろう?」
「……そうだったね」
なぜだか、完敗した気分だ。季丹殿をにらむとにこにこと笑って受け流される。本当に喰えない、つかみどころのない男だ。
「しかし、随分悩んでいるみたいだね。貴公ならば命じれば誰でも閨に呼べるだろうに」
「それでは意味がないんだよ。私が購ったのは詩人であって男娼ではない」
「じゃあ、こんなものをあげようか」
ごそごそと懐を探って季丹殿が取り出したのは一枚の符だった。何やら謎の文様が描かれているが、生憎私の専門分野は芸術でこういった眉唾物には興味がない。
「これを浸けた水を、血雲に飲ませてみるといい」
「何の術がかかっているのかな」
「そんなに警戒しなくとも、危ないものは渡さないさ。それは本心を暴いてくれる。……知りたいんだろう?あの詩人の本心が」
本当にどうしてこうもこの男は私の心をわかっているのかと気味が悪いくらいだ。
「ふふっ、王の呪術師を舐めないでほしいね。まあ、効くかどうかはその詩人次第だ。あまりに意思が強固だと通じない場合もある」
まじまじと符をながめる。ふと、馬車が止まり御者が到着を告げる。一応もらい物なので符を懐に仕舞い込んだ。
「それじゃあ、小生はうまく行くことを祈っているよ」
季丹殿はひらりと降りてこちらを向き、片目を瞑ってみせた。そしてすたすたと歩いていく。その後ろ姿をあっけにとられて見つめていた。ふと我に返り、私も馬車から降りる。夕方に来るように御者に命じて書庫に向かう。
私の仕事は書物の管理だ。どこぞの阿呆共は書庫から持って行ってからわざわざ私に返しに来る。ちゃんと元の場所に戻せと言ってもそれを覚えてないとのたまう。
それが面倒でなかなか捕まらないようにしているのだが、相手も曲者でずっといたちごっこが続いている。
「仲影殿ー!借りていた書物を返しに来ましたー!」
もう来たか、と溜息をつく。今日は逃げ出す気になれなかった。やはり伯岐のことをずっと考えているからだろうか。懐にしまった符も気になる。
仕方なく、来客を迎えるため私は席を立った。
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