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狂易
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私と伯岐の間にあった、構築されつつあった信頼関係は脆く崩れ去ってしまった。
どれだけの日数が経ったのか、今の私にはわからないし興味もなかった。何度か昼と夜が過ぎ、一睡もできずに夜を過ごし昼を過ごす。私自身も随分参っているらしい。
伯岐は部屋に閉じこもり、詩作をしているようだ。書かれた内容は今までの血雲の詩よりもはるかに生々しく陰惨で狂気すら感じられるようなおぞましいものだった。どれも赤黒く鉄錆びた匂いがする。
そして毎日、手首の傷口に巻いた布は赤く染まっている。おそらく、手首を切り血を混ぜた墨で詩をつづっているに違いない。
これが私のところに来る前の、閉じこもっていた伯岐の姿なのだろうか。
私が部屋を訪れると引き攣った笑みを浮かべ絶対に距離を縮めようとはしない。部屋の隅に追い込むと怯えた目で私を見て首を横に振り続ける。
いや、やだ、やめて、それ以外の言葉を、こうなってしまった伯岐から聞けていない。
しかし、こんなになってしまったら、普段の私ならとうの昔に飽きてしまっているだろうに。そのままぽいと捨てて、いつもと同じように芸術品を周りにならべ鑑賞する日常に戻るだけ。だが、伯岐がこうなってしまってから、どんなに素晴らしいものを見ても心を動かされないのだ。
随分、私は伯岐に執着していたらしい。こんなふうになってしまっても、いつかは元に戻ってくれる日が来ると信じて、私はただ親鳥が雛に餌を与えるようなまめさで伯岐の部屋に物を運び込んでいる。
書物だけでなく、美しい絵や、装飾品。伯岐は一切興味を示さず、私が来ると寝台で縮こまってただ私が去るのを待っている。それがとても悲しかった。
この手であの小さな体を抱き締めてやりたい。なのに、今の伯岐はそれをしたらきっと暴れて抵抗するだろう。私の名も、呼んでくれない。
久しぶりに酔いつぶれたかった。明るいうちから酒をどんどん運び込ませ、義務的に口に運ぶ。味などもうよくわからない。どれだけ飲んだのかもよく覚えていない。
杯の水面を見つめていると、不意にその水面が揺れた。ぽつん、ぽつんと揺れる水面に映る私の顔は今までにないくらい頼りなくて、泣いて、いた。
深いため息をつく。嗚咽があふれてとまらない。本当に、私はどうすればいいのだろうか。手放したくない、愛しているのに、私が近づくと伯岐が傷つく。怯える顔など見たくはないしさせたくもない。伯岐に笑顔でいてほしいのに、私にはその笑顔を見せてくれない。
酒のせいか久しぶりに眠れそうだった。机に突っ伏して眠っていたらしい。……こんな夢を見た。
あの夜の月光に照らされた美しく愛しい伯岐の姿があった。私が抱き締めようとすると霧のように消えて、別の場所に佇んでいる。捕まえようとしてもするりとすり抜けて、それを繰り返すうちいつの間にか絶対に届かない場所にいた。そこで、伯岐は私の目の前で赤い霧になって消えてしまった。
はっと目が覚めると、大した時間は経っていないように思えたが使用人に聞いてみると丸一日眠っていたようだ。ふと庭を眺めると、そこには伯岐が日光を見つめて立っている姿があった。
あの子の体質では日光を浴び続けることも、陽を見ることもよくないのに一体なにをやっているのか。慌てて伯岐のところに走っていく。足音が聞こえたからか伯岐はこちらを見てぎこちなく笑った。
「どうしたんだい、いきなり外に出て。君は日光に弱いんだろう?」
「陽に焼かれて、灰になって消えてしまえればいいのにと、思っていました」
抑揚のほとんどない、感情の籠っていない無機質な声。その姿は雪のように冷たく儚い。
「もっと自分を大切にしなさい。さあ、戻ろう?」
伯岐の前ではいくら自分がつらくとも余裕のある大人で居たかった。自分自身が十分につらいだろうに、私までつらい姿を見せるわけにはいかない。
そっと、震える手を肩に置いた。伯岐は抵抗しなかった。
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