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宿霧
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普段からあまり出仕しない仲影殿だが、半月も出仕しないのは珍しい。少しばかり気になって昨晩星を眺めてみたのだが二人の星がめちゃくちゃなことになっている。小生にもめちゃくちゃになっている、としか言えず全く読めない状況に少し混乱した。
邸に向かってみると、邸全体によくない気が漂っている。じっとりと湿っているような、何とも言えない暗い雰囲気。屋敷の中に通されると、あまりの気の淀み具合に思わず口元を覆った。
鄭仲影という人間自体の持つ大きな気が、汚れきっている。廊下を歩きながら気を見ているが、特に淀みがひどいのが離れにある血雲の部屋だ。呪術を嗜むものなら近づきたくないと思うであろうほどに、ひどいとしか言いようがない。
「やあ、季丹殿」
書斎にいた仲影殿はやつれきっていた。乾いた涙の跡を隠そうともせず、眼の下に濃い隈をつくり半月の間でずいぶん痩せたようにも思える。相当堪えているらしい。原因はもう聞くまでもない。
「一体、血雲殿と貴公の間に何があったのかね?」
「ねえ、季丹殿、私はいったいどうすればいいのかな」
項垂れて私の顔も見ず、疲れ切って掠れた声で仲影殿は言う。正直気が淀みすぎていて小生もつらい。
「少しいいかね」
符を取り出し、書斎の四隅に張り付ける。重苦しい空気が少しだけ和らいだ。結界を張っていないと小生がやっていられない。
「少しは楽になったかな?」
「……ああ」
これではっきりしたが、仲影殿の気が汚れているのは、あの大きな淀みのせいである。……つまり、原因は血雲にあるということだ。あんな蜜月を見せつけられた後にいったい何があったというのか。
「伯岐は、こわれかけていてね。私では如何しようもできないんだ。下手に触ってしまったら、今度こそ本当にこわれてしまいそうな気がしてね。……季丹殿、よければ伯岐と話してみてくれないかな」
「それは構わないが……少し準備をさせてくれるかな。気が淀みすぎていてそのまま入るのは小生には無理だ」
断りをいれて水を持ってきてもらい、符を浸けてその符水を飲む。これでしばらくは持つはずだ。念のため仲影殿には書斎から出ないように言っておいた。あの状態でこれ以上気が淀んだら何をするかわからない。
離れへ続く廊下を歩く。一歩進むごとにぬかるみに突っ込むような抵抗感を感じる。意を決してばたん、と血雲の部屋の扉を開け放った。
昼間なのに黄昏のように薄暗く外は晴れているのに部屋の中は雨が降っているかのようだ。寝台の上で丸まっている血雲の姿は……正直見れたものではない。
「血雲殿。久しぶりだね」
「あなた、は……」
「覚えていないかな。左丘季丹だ」
「季丹殿……」
弱弱しく返答をする血雲はこのまま放っておいたら自ら死を選ぶほどに『憑いて』いる。しかも憑いているものは……これは血雲自身だ。
「何をそんなに思い悩んでいるのかね。小生に少し、話してご覧」
「……こわいのに、すき、なんです。ちかくにいたいのに、こわいんです。ちかくにいるとこわいから、きずつけているんです。わたしはわるいこなんです」
「君は悪い子じゃない。近くにいたいのに怯えてしまうから、仲影殿を傷つけていると、そう言う事かな?」
「つらいかお、させたくないのに。わたしをみると、つらいかおをするから、それが、つらくて、かなしくて、みたくなくて、それでまた、つらいかおさせて……!」
ぐすぐすと嗚咽を漏らす血雲は年齢よりも幼く見えた。負の連鎖に完全に飲み込まれている、と言えばいいだろう。
「全く、君たちは随分と遠回りでまどろっこしい」
これは小生の出る幕はなさそうだ。当人たちが解決しなければ何にもならない。残しておいた符水を血雲に渡す。
「飲みなさい。少し楽になるだろう。それじゃあ、小生はそろそろ退散させてもらおうか」
符水で気が少しだけ薄まった。小生はそろそろ退散しないと耐えられない。だが、仲影殿だけは少し気がかりだった。早まったことをしなければいいが。来た道を戻り書斎に入ると、符が破れかけていた。やはり鄭仲影という男のもつ気の強さに符が耐えきれないらしい。
「どうだった?」
「符水を飲ませてきたから少し楽にはなったのではないだろうか。話を聞いてきたが、大丈夫だ。血雲の心は貴公に向いている。小生ができるのはここまでだ。貴公たちの問題に、小生はあまり首を突っ込まないよ」
「そう。……ありがとう」
「ああ、それじゃあ小生はそろそろ退散させてもらうよ」
念のため気休めではあるがもう一度符を貼り直し、邸をあとにする。あとは当人たちがどうするか、小生にできるのは星を眺め彼らが元のように戻ることを祈るしかないだろう。
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