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月露
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ふう、と庭を見ながら溜息をついた。あんなことは言ったが、流石に二日連続で夜更かしを強いるのはいかがなものかと先に眠るように言っておいた。優しく抱き締めて額に口付けをすると安心して寝付いてしまった。
何故か眠る気になれず、一人かつかつと沓音をたてながら書斎へ向かう。
ふと、琴の音が聞こえた。美しくもどこか切なげな音。庭で誰かが弾いているようだが、琴の名手は抱えていなかったはずだが。かつかつとその音のする方に歩いていくと、そこには見知った人の影があった。
「驚いた。君は琴も得意なんだね、叔成」
「聞いてらっしゃったんですか、鄭大人」
振り返って琴の演奏をやめてしまった叔成に、続けるように言って私は庭の大きな石に座り込む。一曲終わるまで、そこでじっと叔成が琴をつま弾くのを見つめていた。心が洗われるような美しい音色がまた私好みだ。
一曲が終わると、拍手を贈った。その音が庭に静かに響く。
「やっと、もとに戻ってくださったんですね」
「ああ。君たちには迷惑と心配をかけてしまった」
叔成は遠くを見つめている。やおら口を開くと、静かに語りだした。
「ここに居る奴らは、あなたが血雲に向けているような粘ついたものじゃないが、鄭仲影という男に惚れてここにいる。才能を認められてうれしいと思っている。ここに置いてもらって感謝してる。……みんな、あなたに幸せになってもらいたいと思ってるんですよ」
「そう、なのかい?」
静かに首肯する叔成はこちらを向いてにっこりと笑った。また琴に向き合い今度は明るい曲を弾きはじめる。美しい旋律が耳をくすぐりとても心地いい。そういう意味ではないが、叔成という男に私も惚れたのだ。正確に言えばその講談の巧みさに、だが。
「けど、血雲にうつつを抜かしてばかりじゃなくて、俺たちのところにもちゃんと来てくださいよ?どうせなら血雲と一緒に来てくれれば、長義なんか喜んで絵を描くと思いますよ?」
「……ああ、そうしよう」
長義の絵、か。伯岐を描いてもらうのもいいかもしれないが、長義は偏屈だからこちらが指定した絵を果たして描くかどうか。
「長義の奴、ずっと血雲のうわさを聞いてからみたいみたいってうるさくて、俺にしつこくどんな格好なのか聞いてきましたからね。あいつが想像で描いた絵は完全に美人画になってましたが」
「美人画、ねえ……」
……私の心配は杞憂だったらしい。これは本物を一日拘束して絵を描く勢いだ。叔成と顔を見合わせて苦笑するとあくびが出た。
「明日は出仕なさるんじゃありませんでしたっけ?」
「そうだね、そろそろ寝るとするよ。……叔成、ありがとう」
随分すっきりした気分で、安らかな眠りにつくことができそうだ。来た道を戻りながら、大きな欠伸がもうひとつ出た。
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