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飛花
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「それじゃあ、行ってくるからね。……叔成、頼んだよ」
「任せといてください」
私の額に唇を落として、仲影様は宮城に出かけていった。馬車をずっと見つめる私に叔成殿が笑いを堪えながら言う。
「まったく、本当に愛されてるんだねぇ、血雲どのは……」
「え!?その……」
からかわれている。頬と耳がとても熱い。叔成殿がじっと見ているのは私の首筋の紅い鬱血の跡。着衣で隠せない位置に、仲影様につけられた所有印。そっとなぞってみると、叔成殿がふいにそっぽを向いた。
「……鄭大人が夢中になるのもわかる」
「え……?」
「あんまりそういう仕草を他の男に見せない方がいい。ほら、目があまりよくないと聞いたから。手を繋ごう」
こっちを向いた叔成殿はいつもの飄々とした風体に戻っていた。私が差し出された手をそっと掴むと、叔成殿は私が普段出歩かない側へと歩みを進める。
「講談の続きもいいが、今日はどうしても血雲どのに会わせろ会わせろとうるさい奴がいてなぁ」
屋敷にこんな場所があったのか。大きな建物を歩みを止めて眺める。叔成殿もそれに気づいたのか止まって説明をしてくれた。
「ここが、俺たち食客の住処だ。鄭大人は芸術だけが取り柄で食うにも困ってた俺達にこんな立派なところを提供してくれている。有難いことだ」
「やっぱり、仲影様は素敵な方なのですね」
「ああ。みんな鄭大人という人物に惚れてるよ」
にっこりと笑った叔成殿に何故だか私も誇らしげな気持ちになる。恋人が褒められているのはとても嬉しい。
建物の中に入っていく。がやがやと普段離れで過ごしている私には聞いたことのない騒がしさが新鮮に感じる。
ある扉の前で、叔成殿は歩みを止めて扉を叩いた。
「長義、いるか?」
「吾は忙しいのだ。勝手に入れ」
不機嫌そうな声が聞こえてきて、本当に入るのかと叔成殿を不安になって見上げると大丈夫だと言わんばかりに片目を瞑ってみせられた。
押されるようにして私も部屋に入れられる。そこには背を向けて絵を描いている人の姿があった。見た目にはまったく頓着していないように見える。
「何の用かね。吾は忙しいのだ」
こちらを振り返ることなく言うその人の言葉に叔成殿は笑いを堪えている。一体、何がそんなにおかしいのだろうか。
「そうか、それは残念だ。折角血雲どのが来てくれているのに」
凄まじい勢いでその人が振り返り私の目の前に慌てて来た。肩をがしっと掴まれ鼻先がつくほど近くで見つめられる。
「おお……おお……おおお……!これが血雲か……!素晴らしい!想像以上だ!」
「落ち着け長義。血雲どのが困っているだろうが」
「ああ、すまない。つい……」
やっと肩を離してもらえた。握った筆がわなわなと震えている。まじまじと顔を見つめる。見た目に頓着していないだけで、整えればかなり美丈夫の部類に入るのではなかろうか。
「この変人は蕭長義。腕のいい画家なんだが……まあ、見た通りだ」
「変人とは失敬な。よし、吾は血雲どのを描くぞ」
「ありがとう……ございます……?」
私が返答した途端、長義殿が固まった。じっと私を見て首をひねっている。叔成殿はおかしくておかしくてたまらないとでも言いたげに肩を震わせていた。
「ん?血雲どのは随分声が低く、」
「長義。血雲どのは男だよ」
「な……な…………!」
驚きのあまりか声を出せていない長義殿。ついに耐えられなくなったのか叔成殿が噴き出して壁を叩きながら大笑いしはじめた。
「なんだとおおお!?」
驚愕の叫びに思わず笑ってしまった。叔成殿が笑いすぎて辛そうにしている。
「長義の奴、くくっ、俺の話を聞いた時から勝手に美女を想像していたらしくてなー、ははっ、面白いからそのままにしておいたら、っはは!この通りだよっくくく……ああ可笑しい」
「叔成……貴様許さんぞ……!」
恨みがましい目で叔成殿を睨む長義殿がおかしくておかしくて、笑っていると長義殿が私をまじまじと見ていた。
「よし、そのまま笑っていてくれ!吾は最高傑作を描くぞ……!」
長義殿の絵が見てみたい。人から見た私はどんな風なのか知りたい。長義殿の筆が動く様を、動かないようにしながらじっと見つめていた。
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