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布石
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掛布を頭からすっぽりと被り、大きな欠伸をひとつする。仲影様はすでに外にいるらしい。
宣言通り寝かせてもらえなかったせいでとても眠い。重い瞼で抗議したら、今日はゆっくり眠っていていいという許しをもらえた。それで、着替えだけ済ませた私は寝台の上でぬくぬくと掛布にくるまっているという訳だ。
外から仲影様の話し声が聞こえてくる。誰かと一緒らしい。掛布から頭を出す。仲影様は見慣れないひとと一緒だった。
「成る程、そいつがお前が囲ってるっていう情人か。確かに長義が騒ぐだけあって美人だ」
「ああ。伯岐?起きているかい?」
「……ん」
眠い目をこすりながら起き上がる。目を開いた私を見て、仲影様と一緒のその人は軽く口笛を吹いた。
「ほう、白子なのか」
「可愛いだろう?」
「女か?」
「いや。伯岐は男だ」
「けっ、結局お前も奴らと一緒か」
吐き捨てるように言うその人が少し怖く感じた。仲影様は察してくれたのか、寝台に腰掛けて私を優しく抱きしめてくれる。頭を撫でられて気持ちがとても落ち着いた。
「お前には細君がいるだろうが」
「財産目当てのあんな女、知らないな」
「娼婦だっていくらでも買えるだろうに」
「今は女になんて興味がないんだ」
「異常者め。世間の道理を無視して生産性もなにもないのに不毛に乳繰り合って何が楽しいんだか」
「……そろそろ黙ってくれないかな」
仲影様の静かな怒りの篭った声にぎくりとして、その人は押し黙った。
この人の言いたいことはなんとなくわかった。同性同士でこうして愛し合っていることを、この人は否定しているのだ。異常なことだと、そういうことは本来は男女間でのものなのだと。
私は色恋にはとみに疎い。だから仲影様もすんなり受け入れられた。だが、この人の言う世間の道理を知っていたらどうだろう。もっと、仲影様を受け入れるのに時間がかかったのではないだろうか。
世間の道理に反しているなんていうことは、仲影様もわかっていると思う。でも、好きになってしまったのだから仕方ない。寄り添う相手が仲影様でよかったと、少なくとも私は心の底から思っている。
「紹介が遅れたね。この人は瑶元、碁の名人だ」
「…………」
私を静かに見つめる瑶元殿は少ししてからやおらため息をついた。私のそばに来ると、そっとその大きな手で頭を撫でてくれた。
「まあ、確かに。ここにいてお前の庇護と寵愛を受けるのが、こいつにとっては一番の幸せかもしれん。この容姿じゃあ男だろうが見世物になるか娼館行きはまぬがれんだろうしな。……大切にしてやれよ、仲影」
「言われなくとも」
悪い人では、ないらしい。その乱暴な言葉にはちゃんと、暖かいものがこもっていた。
「さて、一局相手してもらおうか、瑶元。……伯岐、まだ眠いなら眠っているといい」
「勿論だ」
寝台から腰を上げ、机の上に碁盤を置く。そのさまを見ながら起きていたいとは思うものの睡魔は容赦なく私を襲う。ぱちり、ぱちりと碁石を置く音が聞こえてきて、私はそのまま寝入ってしまった。
目が覚めると既に勝負はついていたらしい。石を片付けながらなにやら談笑している。話からすると、瑶元殿が勝ったようだ。
仲影様が一度外に出て行ってしまい、部屋には私と瑶元殿が残された。瑶元殿は深く溜息をつき、ぼそりと呟いた。
「本当に贅沢だ。……俺がどうしても欲しいものを持っていながらそれが要らないだなんて、本当に……」
「何のことです……?」
むくりと起き上がり問うた私に、瑶元殿はいささか驚いたようだった。
「起きていたのか」
「起きたのは、先程です……。何の事なのですか?」
「……お前が知らなくていいことだ。それじゃあ俺は失礼するよ。邪魔したな、伯岐殿」
私の頭を撫でて、瑶元殿は部屋を出て行ってしまった。仲影様も知らない、瑶元殿には何か隠していることがあるのかもしれない。
すっかり眠気が覚めて窓から外を見ると、しとしとと雨が降っていて冷気が部屋に流れ込んでくる。雨の降る外に、ずぶ濡れの瑶元殿が佇んでいた。
その肩が震えているように見えたのは、私の気のせいだろうか。
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