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餓虎
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背中の彫り物が、あまり気にならなくなるくらいの時間が経っていた。
医術の黄老師にも、薬学の隗老師にも、天賦の才の持ち主だと褒められるくらいには、勉学を頑張っているつもりだ。
やはり隗老師にも、なぜその才能を人を救うことに使わないのか、とひどく残念そうに言われた。この間黄老師に返した通りに返したら、憤慨されてしまった。
私はただ、仲影の役に立ちたいだけなのだ。ほかの事など関係ない。
今日は仲影は出仕していて、私は部屋で老師たちに出された課題をこなしていた。あれから、隗老師にはおそろしく難しい課題を出されてしまい、のんびりしていたら期限までに絶対に間に合わない。間に合わなければきっと嫌味を言われる。それだけは避けたいが、これは私の意志に対する腹いせなのだろうか。
がさがさと書物をあさりこの間教えられたはずの知識を書き留めてある紙と照らし合わせる。そして、課題の記された紙を見て答えを書き込んでいく。その繰り返しだ。
そういえば、今日は薬を飲むのを忘れてしまった。あとで、帰ってきた仲影に怒られるだろうか。それもそれで嫌だ。仕方ない、これが終わったら水をもらって飲んでしまおう。
どこからか、悲鳴が聞こえた。
どんどんそれは近くなってくる。一体なにが起こっているというのか。不安になるが私にできることはなく、ただ寝台の下で震えているだけだ。
仲影がいない時を狙った、賊なのだろうか。それとも、他になにか目的を持った、賊とは違う何かなのだろうか。
不安で不安で仕方ない。仲影がなぜいてくれないのか。いや、いなくてよかったのかもしれない。真っ先に斬られる想像しかできなくて首を横に振る。ただ身を固くして、ここに賊が来ないことを祈ることしか、私にはできない。逃げ出したら、ここは離れにあるのもあり、逆に目立ってしまう。
外は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっているようだ。悲鳴と怒号が飛び交っている。
ばたん、と扉が開き、部屋に光が差した。どたばたと入ってくる足音と沓が見えた。ばたばたと物を倒したりしながら何かを探しているようだ。……もしかしてとは思うが、私を……なのだろうか……。
「見つかったか」
「いや……まだだ。どこだろうね」
そう話す声に聴き覚えがあった。忘れるはずもない。……父上の声だ。何故。賊に襲われて死んだはずではなかったのだろうか。混乱した頭をかかえてそのまま静かに息を殺して隠れている。
「きっと、この部屋の中に隠れたままだよ。離れだから、出ると目立つと考えるはずだ」
「くまなく探せばいいのか」
「そうだね。探そう」
足音はどんどん近づいてくる。父上と、もう一人は一体誰なのだろうか。仲影。たすけて。こわい。……けれど、それを言葉にすることもできず、ただ頭の中で念じることしかできない。ただただ、ここにいないとあきらめて二人の男が帰ってくれるのを祈るしかないのだ。
一人の足が私の隠れた寝台の前で止まり、そしてしゃがみこみ、ここを覗き込んだ。
隻眼の、血走った目と私の目が合う。恐怖で叫ぶことはおろか、呼吸すらできない。ただぱくぱくと魚のように口を開閉させているだけ。男はにいと不気味に笑う。
「 み つ け た 」
「………………っ!」
声を出さずに言うその恐ろしく楽しげな顔を最後に、私の意識は暗転した。
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