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殷賑
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石が碁盤に白と黒を描いていくのをじっと見つめていた。
遥元殿と子珱殿の対局を、仲影の膝の上で抱き締められ、一緒に観戦している。私と仲影の向かい側には、仲影の奥方がいた。
囚われていた間、何があったのかは自分でもよく覚えていない。ただあまりひどいことはされていなかったように思う。戻ってきて初めにまず全身くまなく仲影に調べられたがほとんど傷もついていなかった。強いて言えば、男に抱かれた痕跡があった、くらいで。
仲影には、私の愚兄がごめん、と謝られた。
仲影の兄君は、仲影が決して己になびかないことを覚ってあっという間に興味を失くしてしまったらしい。自分の思うとおりにならないものはもうどうでもいい、というふうに思ってしまうまた面倒な性質の人であるらしい。
盤面は一進一退を繰り返しており、子珱殿が瑶元殿に劣らぬ腕前の持ち主であることがうかがえた。仲影でさえ瑶元殿と対局するときにはいくらか置石をしてもらうのだ。それもなく涼しい顔で瑶元殿に食らいついている。
私が戻ってくるまでの間に、一体なにがあったのだろうか。遥元殿と仲影の奥方の距離が随分と近くなっている気がする。元兄、と親しげに呼ぶ奥方は、私を非難したあの時よりずっと柔らかい表情をしている。
「ここまでやるとは思わなかったな」
「もっと一方的にやられるものだと思っていましたよ」
子珱殿のちくりとした言葉が瑶元殿に完全に火をつけたらしい。一気に攻撃的になる瑶元殿はある程度やはり加減していたらしい。圧倒的な劣勢に追い込まれても子珱殿は至極楽しそうだった。
「元兄、さすがですわ……」
「あまり褒めないでくれ蓮珠。それに、このくらいで簡単にやられるわけじゃないだろう、子珱殿は……」
褒められて満更でもなさそうな瑶元殿と奥方……しかし、私は瑶元殿が呼んだことで、初めて奥方の名前を知った。
「幼馴染で、瑶元は惚れていたらしいよ」
「な!仲影!こら!」
「私は反対しない。私が愛せるのは伯岐だけなのだから……だから、別にいいだろう?」
私の心を読んだかのような仲影の言葉に、遥元殿は慌てる。そして、仲影の奥方……蓮珠殿はぎこちなく笑った。
「君の家に知られると面倒だから離縁はできないが、別に君たち二人がくっついても何も言わない。……なんなら、君と瑶元の間に男子ができれば、私が養育して鄭家の次期当主にしてもいい」
仲影の声音は真剣なもので、そして二人にとってとても意外なものであったらしい。目を見開いて、ぱくぱくと何を言っていいものが悩んで口に出せないように見えた。
「でも、あの時当主にはしないっておっしゃっていたのに」
「どこの馬の骨ともしれない男の、ならね。元王族の公孫家の次男坊、というなら話は別さ」
「仲影、お前、調べて」
驚いたようにこちらを振り向いて言う瑶元殿。仲影は優雅な笑みを浮かべ、頷いた。私は外に興味がなかったからよくわからないが、子珱殿すら驚いているのは、それだけの名家なのだろう。
「当たり前だろう?私だって身辺調査くらいする。蓮珠の幼馴染なのだから、それなりの名家だろうとは思っていたけれど……まさか元王族、とはね」
「だから、隠したんだ。蓮珠の近くにいるにはそうしかないと思ってな。……勝負あったな、子珱殿」
子珱殿の最後の抵抗を苦もなく捻り潰し、瑶元殿は勝ち誇った笑みを浮かべた。盤面を覗き込むと、瑶元殿の圧勝だった。
「参りました。……流石にまだ、敵わないか」
「筋は悪くない。すぐ仲影より上手くなる」
「私は下手だと言いたいのかな、瑶元」
仲影の抗議を無視して、瑶元殿は蓮珠殿に向き直った。その真剣なまなざしは、仲影が私に向けるものと同質なものを感じさせる。誰かを真剣に愛する男のまなざしとは、誰もこういうものなのだろうか。
「な、蓮珠、こんな碁の下手で、お前を愛してもくれない男のものになってなど居らずに、俺のものになってくれないか」
「……。わたくしは」
「物言いは気に入らないけど、私はそのほうが都合がいいんだがね」
私を抱き締めながら、仲影はくすくすと笑う。仲影を見つめ返したら、その唇が近づいてきた。
唇が触れ合い、すぐに舌が咥内に侵入してきた。人がいる前で、と抵抗するもすぐに蕩かされてしまう。
久しぶりに、仲影とこうして、くちづけを交わした気がする。
唇を離すとまた強く抱き締められる。
じっとそれを見ていた仲影の奥方……蓮珠殿は、ぎゅっと瑶元殿の手を握った。
「元兄……。わたくしを、元兄のお嫁さんにしてください」
「蓮珠!」
嬉しそうに笑う瑶元殿はぎゅっと蓮珠殿を抱き締める。仲影殿は私の頭を撫でながら、穏やかに笑っていた。
「祝福するよ、瑶元。蓮珠を幸せにしてほしい」
「言われなくとも」
蓮珠殿も、安堵したような、どこか寂しそうな表情をしていた。彼女も家に束縛されていたのだろう。仲影に愛されないことを知りながら、そっと想いを寄せていたのだろう。それが報われないことを思い知って、ひたむきな愛情を向ける瑶元殿に絆されたのかもしれない。
「そうと決まれば皆とささやかな祝いの酒宴でも開こう。いろいろと手配しなければいけないね」
碁石を片付けられた碁盤が今度は計画を練る机になり、五人でそれを囲み、これからの明るいことについての話の花を咲かせた。
結局話し合いは夜遅くまで続き、途中で居眠りしてしまったので私は仲影が余興をしようと言い出したそのあとの事を覚えていないのだが。
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