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王孫
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扉が開かれて入ってきた人は、凄まじい威厳と威圧感を持っていた。ああ、これが魔王とよばれる人なのだと何も言われずとも理解できた。俺は勘当されたとはいえ白家の人間だ。親には何度も鄭家当主がいかに危険な人物かを言い含められている。その人の目の前にいるのだ。恐怖で嫌な汗をかいている。
お師匠を横目に見ると、至って冷静に、全く動じる様子なく椅子に座ってそこを見ている。流石だ。渋い。恰好いい。ああなりたい。
優雅な所作で歩いてくると、鄭家当主はお師匠の正面に座った。取り次いだ男は扉を背にしてこちらを睨んで立っている。
「どうして君はここに来たのかな」
やおら口を開き、静かにそう問う声は柔らかく、しかし幾分か棘があるように聞こえた。どうも、お師匠はあまり歓迎されざる人間らしい。何故だ。こんなにかっこいいのに。
そんな棘のある言葉にも全く動じないお師匠はとても輝いて見える。俺を助けてくれた時のように、とても頼もしくて恰好いい。俺に詩才があればお師匠の素晴らしさを詩にうたって皆に伝えてまわるのだが。
「天下に遍く才を求めていると聞いた」
「そうじゃない……君は、私たちを覚えていないのかい?」
胡乱げに聞く鄭家当主の口ぶりだと、まるでお師匠と会ったことがあるかのように聞こえる。だが、お師匠は知っている気がすると言っただけで、ここが鄭家の邸であることすら知らなかったのだ。
「……あの」
「……君は?」
「白幼徳、お師匠の弟子です」
「白家の……ああ、末っ子にどうしようもない放蕩息子がいると聞いた。で、何だい?」
どうしようもない。たしかにそう陰口をたたかれていたのは知っている。だが、あの家の中で、俺は一体どうしていればよかったというのだろう。優秀な父上と兄上の前では、俺の才など霞んでいたから。だからずっと遊び歩いていた。お師匠に出会うまでは。
「お師匠は、ここが鄭家の邸であることを知らなかったんです。見覚えがあるって言って、立ち止っただけで……」
「……覚えていないのか」
「何のことだ」
話の内容が見えず、俺もお師匠も混乱するばかりだった。鄭家当主は溜息をついてこちらを見ているが、何かを思い出したかのようにふと視線を逸らした。
「季丹殿が言っていた来訪者とは、このことか」
そうぽつりとつぶやいた鄭家当主は俺とお師匠のほうを向く。その間のあいだも、取り次いだ男は俺たちから一切視線をずらさなかった。その立ち居振る舞いはまるで、訓練が行き届いた宮城の兵士のようだった。
何かしばし考えているようだったが、ややして決心したのか頷いた。
「君たちを歓迎しよう。……君、名前は?」
「…魏文緯だ」
「そうか。子珱、部屋は空いていたね?師弟なら一部屋でいいだろう。案内してくれるかい」
「はい」
それだけ言うと、鄭家当主はそそくさと座を立って歩いて行った。お師匠もあまりにあっさりした対応にあっけにとられているらしい。静かに立ち上がると、子珱と呼ばれた男がお師匠に剣を渡した。
「……一体、これはどうなっているんだ?」
歩きながらぽつりそそんなことをつぶやくのが聞こえた。
……それは、俺とお師匠が訊きたい。
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