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解凍2
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「いえ、別に…俺も今来たところですので」
敦賀に呼ばれていた場所は、いつもの生徒会室だ。
今日はたまたま、渚たち三年生は校外学習という形で外へ出払っており、響は掛け持ちしている図書委員会の活動があるから、あらかじめここには誰も来ないということがわかっていたのだった。敦賀もそれを見越してこの場所を指定してきたに違いない。
「あっそ。ならいいけど」
そう言って敦賀はいつもの指定のソファーへ座る。
…って仮にも告白の返事を聞きにきた人が少しの緊張感もないのって…どうやらこの人には相当自信があるらしい。
(まあ顔綺麗だしカリスマ性もあるし、俺様だけど実は結構いい人だし確かに非の打ち所なんてないけどさ)
自分がもし女で…もっと人ともうまく接しられて、もっとコミュニケーションも上手でもっとこの人を癒せるような存在であるならーーー考えていたかもしれないけど。
(なんて、何考えてんだろ…俺らしくない)
これじゃあまるで、本当は敦賀と付き合いたいのを、抑え込んで我慢しているみたいだ。
(俺は一人でいる方がいいんだ。俺にとっても、この人にとっても)
自分は人に自分の心を全て開いて明け渡すことなんてできないから。
ーーーそして、誰かを心の底から信じて信用することも。
こんな状況になった今でさえ、ーーー敦賀に限ってそんなことはないとは思うけれどーーーもしかしたら、自分はからかって遊ばれているだけで、もしOKと返事しようものなら「あれ、お前あんなの本気にしてたの?」と笑われるかもしれない…なんて考えてしまう。
この思考には、いい加減自分もうんざりなんだけど。
でも、どちらにせよ世界には誰とでもうまく付き合える人もいれば、どんなに頑張ってもうまくいかない人もいる。いつからこんな風になったのかは覚えていないけれど、自分は間違いなく後者のほうだ。
「一週間前のお話ですが…」
それを自分でも自覚していると思うのが、精一杯の矜恃で。
「好意は有難く思いますけど…お断りさせていただきます」
俺は、俺みたいな性格の奴がそんな夢のような関係を築けるなんて、信じるほどめでたくないからーーー。
「ふーん」
しばらくの居心地の悪い沈黙のあと、敦賀が発した第一声は意外にもそんな気の抜けた返事だった。
「一応聞いとくけど、なんで?」
「……俺、あんまり恋愛とか興味ないんで。それに今はそんなことしてる余裕もないですし」
どうせ言わされるだろうと、あらかじめ考えてきておいた「理由」をつらつらと並べる。まあ、まさか「一応」なんて言葉付きで聞かれるとは思わなかったけど。
「お前さ」
一体何を言われるのか、そう思って敦賀に背を向けた体制のまま固まっていると。
「今の理由、どれも俺を否定してないってこと、わかってる?」
そう背後から抱きしめられた。
「ちょ、な…っ」
「『恋愛に興味がないから』『今はそんな余裕がないから』それってさ、どっちも俺自身を否定してることにはならねえでしょ」
「…」
「つまりお前に余裕ができて恋愛に興味持ち出したら、俺と付き合ってもいいってことだろ?」
そう耳元で囁かれ、自然と顔が赤くなる。
「ねえ、どうなの?」
いろいろ一気にことが回りすぎて、頭が爆発しそうだ。
断ったあとの敦賀の反応は、家でも何度もシミュレーションし、何を言われてもきっぱりと断れるように、たくさんのパターンを考えたりもしていた。が、こんな展開は思いつきすらしなかった。てっきり、キレられるか拗ねて部屋を出ていかれるか何事もなかったように素っ気なく終わるかーーー。
そう思っていたから。
「い、いいから離してください!」
「お前が答えたらな」
結生にしては随分と珍しくそう暴れるが、絡みつく腕はびくともしない。
「で、どうなの?」
そうやってまた耳元で聞いてくる。
「お、俺…は…」
自分でもわけのわからないまま、なんとか口を開いた、その時。
『はは、私があの子を心配してた?馬鹿じゃない、期待するのをやめただけよ』
『何よその言い方、まるで私が悪いみたいじゃない』
『あんたなんていてもいなくても社会は何も困りやしないのよ!』
頭の奥の方に、まるで耳鳴りのように、いきなりあの声がわんわんと響き出す。
そう、夢の中で出てくる、あの鮮明な声が。
ソウダヨネ、オレッテベツニ、シャカイニヒツヨウナソンザイジャナイシーーー。
キット、ツルガセンセイダッテ、イズレソウヤッテハナレテイクンダーーー。
(だって、俺はどんなに頑張っても、必要とされる人間にはなれなかったから)
今さら努力したって、なれるはずがない。
きっと俺は、そういう役回りの人生なんだ。
わかってる、わかってるのに。
そんなこと、とっくに気付いて諦めてたのに。
ナンデ、イマサラーーー。
こんなにも必要とされたいって、思うのかなーーー。
「おい!朝倉!しっかりしろ!朝倉!朝倉!ええいくそっ…結生!!」
気がつくと、先程までの抱きすくめられたような体制から、敦賀にもたれ掛かるような体制になっていた。どうやら、ほんの数秒の間フラッシュバックのようなものを起こし、意識を飛ばしていたらしい。
おかしいな。何があったのかは、あんまりはっきりと覚えていないのに、時々こうして部分部分の記憶だけが断片的に頭に流れることが最近特に多くなった。
「す、すみません、いつもの貧血なので大したことないし…今日は帰ります」
もちろん、貧血なんてのは嘘だけど。
とりあえず落ち着くためにもこの場を去ろうと、そう言って敦賀の支えを振りほどくが、逃げる暇もないうちに再びその手首を掴まれる。
「嘘つけ。ただの貧血で高校生にもなった男がボロボロ泣くかよ」
「……」
泣いているという自覚はさっき意識が戻ったときから薄々あった。
ーーー瞬きをしたときに、頬を何かが流れ落ちていく感覚があったから。
敦賀に気付かれたくなかったからあえて自分も気付いていない振りをしていたけど、どうやら敦賀のほうが上手だったらしい。
「…すみません、でも、本当に大丈夫ですから」
とにかく今は一人になりたかった。じゃないと、本当に自分は、今目の前にいる男に、縋り付いてしまうかもしれないからーーー。
「……」
それに、こんな惨めな姿を晒しておいて平気でいられるほど、結生の矜恃は低くない。
それを察したのか敦賀は一つ大きな溜息をついたあと、捉えていた結生の手首をぱっと離すと、扉に手をかけながら言った。
「別にお前の事情を詮索するつもりはねえから、無理に聞き出そうとかしたりはしねえよ。ただ、これだけは覚えておけ」
そう言いながら敦賀は肩越しに結生を振り返り、その目をまっすぐに見つめて言う。
「いずれお前を俺のことしか考えられないくらいに落としてやるから。覚悟しとけよ」
そういってバタンと閉められた扉の中では、一人混乱したままの結生が唖然とした表情で立っていた。
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