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PerSona-1
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一
コルディスの家の末裔として、周りに傅かれて生きてきた。
周りの扱いが鬱陶しく思った。貴公子然としていることが当然なのだと、幼いころから本能的に知っていたから、いつのまにか本心を隠すことに長けてしまった。優雅で丁寧な顔をつくりながら、それを演じ上げることに疲れていた。
影術と呼ばれる禁忌の秘法に手を出した私の数少ない友人は、攻撃的な面を隠すこともなく己を貫き通している。
コルディスの家の本家で冷気を使った魔術に長けるもう一人の友人も、丁寧だが攻撃的な面を垣間見せ、己を隠すようなことはしていない。
自分を隠すことなく生きていくことのできる二人の友人が羨ましい。私にはもう無理だ。仮面をかぶることに慣れてしまった。
コンコン、と控えめに部屋のドアをノックする音がして、私は現実に引き戻された。こんなに控えめにノックする奴を私はこの馬鹿でかい家の中で一人しか知らない。
「ベル、入ってください」
扉が薄く開き、すぐに音もなく閉められる。
滑るように入ってきた彼は、私の前で一礼した。
長くて呼び難いのでベル、と呼んでいるが、彼の本名はベルシャザルという。私の代から、家令をつとめてくれている有能な男だ。
年齢はよくわからない。ふわりとした白い長髪が肩に流れ、本に埋もれた研究者だったというだけある白い肌。身長は高くすらりとしている。固く閉じられた双眸は一見すると穏やかな表情に見えるがその瞼には痛々しい傷が生々しく残っている。その眼は二度と開くことはない。なんでもうちに来る前に光を失ったのだそうだ。
それでも何故日常生活に支障がないかと言えば、彼がかなりの腕の魔術師だったから、だろう。マナを感知して、大体の事は把握できるようだ。正直私もそれなりの魔術師となったと思ってはいるが、彼には未だ敵わない。私は彼から教わって魔術を習得した。
「旦那様、本日の予定なのですが」
淡く光る手帳を開き、解読魔法でその中身を見ながら読み上げていく。目が見えなくて家令が務まるのか、などという心無い輩もいたが、杞憂だった。彼は家令という仕事を完璧すぎるまでにこなしていた。昔両親が雇っていた家令は彼の足元にも及ばない。
心地よいバリトンで紡がれるそれに静かに耳を傾ける。これでも私はこの家の主だ。両親は戦争でなくした。それ以来、彼が私を、この家を支えてくれている。時空間を操る魔術を習得し、有事には戦う。
なにもない今はこの出来すぎた家令と魔術の研究を進めるのが私の主な仕事だ。有能すぎる彼の研究の補助をしているというのが正しいかもしれない。どうやら、私は研究よりも実戦のほうが向いているらしい。
「ところで、貴族の方々との食事会のご予定を中止されたとお聞きしましたが」
「どうせ、食事会にかこつけた縁談なのだから出るまでもないと思ったまでです」
貴公子然としていなければならない。それはこの家令の前でも同じだ。誰の前でも、それこそ身内同然の家令の前でも弱さは見せない。泣き言をいったり地を見せるなど私の矜持が許さない。
「いけません。旦那様が研究を続けることを望まれるのでしたら、つながりを断つようなことをしてはなりません」
誰のせいだ。そう言いたい。言う事は絶対にないが。この想いは秘めるべきもので、決して伝えてはならない。
「食事を楽しむこともできぬ食事会などに出たくはないのです」
「旦那様らしくもない……」
呆れられてしまっただろうか。我儘を言ったのは久しぶりだ。
悔しいことに、私は彼に恋慕の情を抱いていた。
手前味噌だが魔術の才能はほかの輩を圧倒できる自信がある。コルディスの末裔として恥ずかしくないだけの能力を持っていると自負している。だが、それでも彼には未だ勝ることはできないのだ。そして、恥ずかしながら私は面と向かっては言い出してはいないがかなりアプローチを仕掛けているはずなのだ。それにも拘わらず、彼は気づく様子もない、いや、同性に好意を抱かれることがそもそも迷惑で、だから気づかないふりをしているのかもしれない。
「旦那様?」
黙りこくった私を心配そうに見る彼は私がこんな顔をしているなどとは思わないだろう。たとえ姿を見ることができなくても、こんな弱い姿を彼に見られたくない、という矜持が私に前を向かせた。
「なんでもないです。……今回は、食事会には出ません。いいでしょう?」
震えることなく言い切ることができたはずだ。彼は手帳を閉じ、静かに溜息をついた。
「仕方ありませんね。今回だけ、ですよ?次はきちんと出席されなくては」
「はい。有難う、ベル。我儘を聞いてくれて」
一礼して出て行こうとする彼に、私は礼を言った。
彼は微笑を含んだ顔をこちらに見せてくれた。彼の穏やかな顔は私を落ち着かせてくれる。私は彼がいるから私であることができる。ただ、私をここまで掻き乱すことができるのも彼なのだ。
「……少し、嬉しかったですよ。我儘など、旦那様はあまりおっしゃらないのですから。もう少し、甘えてください」
狡い。心の中で呟いた。そんなことを言われたら、また想いが募るじゃないか。恨みがましく彼を見上げるが、彼が気付く様子はない。気づかれなくてよかった。あからさまに好意を抱いていることを表情として現すことも、彼の目が見えないことがわかっているからしているのだ。
くすりと笑って退出する彼を見送り、私は静かに溜息をついた。少し疲れた。
そもそも、年上の男に旦那様などと呼ばれることが気に食わないのだ。礼儀だからなどということは分かっている。しかし、自分よりも優れた男にそう呼ばせるのが耐えられない。自分の矜持がズタズタにされるようなそんな気持ちになるのだ。
疲れていると嫌な事ばかり考えてしまう。枕に顔を埋めながら静かに目を閉じた。
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