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Persona-2
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二
かなりの時間、眠ってしまっていたらしい。窓から外の空を見上げる。もう暗く、月がないからか星がいつもよりきらきらと輝いていた。何もかけずに眠っていたのだが、いつの間にか暖かい毛布がかけられていた。控えめにノックをされ、扉越しで少しくぐもった心地よいバリトンが私を呼んだ。
「旦那様、夜食のご用意ができましたが、お部屋に運ばせましょうか」
「……そうして貰えますか」
やがてカートに乗せて夜食が運ばれてきた。タマネギとパセリの匂いのする熱いスープと温められたパン。寝起きだからか軽めのものが用意されていた。この気配りは身内と言ってもいい家令である彼だからできる事なのだろう。
「ベル、貴方はもう済ませましたか」
「いえ、私はまだ……」
私は当たり前のことを聞いて内心苦笑した。彼は仕事が終わるまでは仕事に集中するため、食事もかなり遅くなる。私より前に摂ることはないといっていい。
「一人で食べても美味しくはないのです。一緒に食べましょう」
だからそれをいいことに、私はたびたびこうして私室で食事をとる時に彼を食事に誘う。寂しいからだと思われているかもしれないが、そうではない。
「それでは……」
彼は私の誘いを拒むことはない。私の向かいに座り、神に感謝を述べ出されたスープを一匙掬う。彼の匙の中の液体がなくなるのをぼうっと見ていた。
「旦那様?どうかなされましたか」
かちり、と食器が金属と触れて硬い音を立てる。そこでようやく、私は匙を取り落しそうになっていた事に気付いた。
私のほうを向き、彼は肩をすくめる。
「随分、お疲れのご様子ですね。旦那様に無理をさせてしまうなど、家令失格です」
「…………」
別に疲れている訳ではない。惚れた奴にずっと見惚れて何が悪い。胸の内で悪態をつく。
半ば自棄になりパンを手掴みでかじる。香ばしい小麦と甘いバターの香りがして非常に美味しい。が、なぜ私はこんなに美味しい料理を食べながら腹を立てているのだろう。
……考えるまでもない。目の前で食事を摂る彼のせいだ。
「何か、私は旦那様の機嫌を損ねるようなことを言ってしまいましたか?」
行儀悪くがつがつと夜食を腹に収めていく私に気付いたのか、彼は幾分か気まずそうに問うてきた。
「……なんでもないです」
子供じみたこんなこと、やめなくてはいけないとは思っていても、彼の前だと自制がきかないときがあるのだ。いつも貴公子然としていなければならない私の仮面をいとも容易く剥がしてしまうことができるというのに、彼はきっと気づいていないだろう。貴方は私の大切なひとであると、態度で示してしまっているのがまた自分の矜持を傷つける。
自分がこんなに感情に振り回されるほど子供だとは思っていなかった。
私が食事を終えたのを察したのか、彼は使用人を呼び、配膳を下げるよう指示した。
「旦那様、嫌なことがあればおっしゃってください。そのように殻に閉じこもられては困ります」
何をする気にもなれず、食事を終えるとすぐに寝台に倒れ込んだ。ぼふっ、と音を立てて私の身体をやわらかい毛布が包み込む。
たしなめるような、呆れたような声が上から降ってきて、その音源を見上げると、すぐそばに彼の顔があった。彼の目が見えていれば、見つめ合っているような状態だろう。驚きのあまり固まってしまった私の顔に、おずおずと手がのばされる。すこしひんやりとしたその手は、探るように私の頬を撫でた。
「旦那様の悩まれていることを解決するのに、私では不足ですか?」
「そういうわけではないのです……」
彼が悩んでいることの元凶なのだから性質が悪い。彼の手を振り払いすっぽりと毛布を被った。毛布の中は暖かいが少し息苦しい。なぜかそれが自分の胸の痛みを和らげてくれる気がして、ひどく落ち着いた。
言いたいのに言ってはならない、言えないジレンマは私の胸をちりちりと焦がす。彼が溜息をついて私の部屋から退出したのを見計らい、そっと毛布から顔を出す。
いつの間にか、花瓶の花が替えられていた。黄色の鮮やかで可憐な花はたしかデージーと言っただろうか。
花言葉は……とそこまで考えてやめた。もし彼が活けさせたものだとしても、そこまで考えてやっているものだろうか。彼はいつも美しくかつ明るい花言葉をもつものしか活けないのは知っている。だが。
―――――あなたと同じ気持ちです。
……まさか、そんなはずがない。平和だとか希望だとかそういった意味を持っているから活けさせただけだろう。期待を持つ方が間違っている。
デージーの花を眺めながら、溜息をひとつつく。今は、今日だけは、この花言葉に縋りたかった。
ランプの柔らかな光で見る花は、可憐ながら生命力にあふれていて、息遣いすら聞こえてきそうだった。
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