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PerSona-3
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三
我儘を言ったあの日から七回花瓶の花が替えられ、気づけば一週間という時間が流れていた。
赤いアネモネ、カラフルなカランコエ、淡いピンクのチューリップ……ほかにも東洋から来たのではないかと思えるような花まであった。美しい花は私の心を和ませてくれる。
今日は彼を見ないと思ったら、珍しく家の事を放り出して研究に没頭しているらしい。研究用に部屋を作ってあるから、そこにいるのだろうか。
部屋を出て階段を降りる。音や振動の事を考え昔あった地下牢を潰しそこに造らせたせいか、彼曰く一日中研究に没頭できるような環境らしい。地下への扉を開くと、案の定ランプはついていなかったが、充満するマナの気配を感じた。まぁ、彼には視覚というものがないから光があろうがなかろうが関係ないのだろう。
「ベル、いますか」
石でできた階段は硬い靴音をたてる。片手にランプを持ち、もう片方で壁をなぞりながらゆっくりと降りて行く。研究室の扉を開けば、彼は驚いたようにこちらを向いて一礼した。
「旦那様、どうして……いや、私が没頭しすぎてしまったようですね」
苦笑して手帳を閉じる彼は、手で椅子をすすめる仕草をする。勧められるがままに椅子に腰掛けると、目の前のテーブルには大量の石や薬品が溢れていた。中にはすさまじいマナを感じるものもある。
一体何の研究をしていたのか、私には理解できなかった。
「何の研究なのですか」
「……今回は旦那様にも言えません。申し訳ありません」
国からの機密の研究を彼が任されることもよくあった。私に言えないような研究もしているようだ。見られても私には研究内容が理解できないだろうからというのもあるのだろう、いつも彼は研究室に鍵をかけない。
「今日は会食の日だというのに、ずっと閉じこもっていて家の事は大丈夫ですか?」
「申し訳ありません」
そう、彼にたしなめられて私は渋々先週断った貴族たちとの会食に出席することにしたのだ。彼もついてくるというから行く気になったというのに。
「……冗談ですよ。家の事は大体済ませておいたから、早く支度をしてくださいね、ベル」
会食の時間までそこまで余裕がない。言い終わると私は階段を上って私室へ戻る。早く支度を済ませてしまわなければならない。着衣を整え、髪を梳き、軽く香水をふる。鏡を見て仮面をかぶる。屋敷から一歩出れば私はコルディスの家の末裔だ。貴公子然とした優雅な男でなければならない。しかし、こうして仮面をつけて人格者を演じているからだろうか、友人二人よりはるかに持ち込まれる縁談が多い気がする。彼らは誰に対しても容赦ないことで有名だから、持って行ってもどうせ断られてしまうだろうとあきらめているのかもしれない。
馬車に乗り込むと、向かいに彼が座った。正装をしている彼は正直見惚れる。
「……旦那様」
「何です?」
「いえ、肉眼で見ることができないのが残念だと思ったまでですよ」
彼はいつまで私の心を掻き乱せば済むのか。少しむっとして彼の顔を眺めていた。
ふと、彼がこの家の家令になったころのことが頭をよぎる。私が言い出したのだ。目が見えない彼をこの家で雇うと。家令として勤めてみろと。
彼は年若い私をいつもたててくれる。私が若輩者と馬鹿にされると私より彼の方が怒っていた。しかし、それだけではない。私はもっと前に彼に会ったことがあったのではなかろうか。
考えているうちに馬車が止まり、目的地に着いたことを御者が告げる。彼が先に降り、私に手を差し出した。その手に縋り続いて降りると、会食先の大きな庭が目の前に広がっていた。
気を引き締めて、なるべく優雅に一礼する。
「お招きにあずかり光栄です」
屋敷の主人に礼を述べる。予想通りというかなんというか、屋敷の主人の横にはうら若い娘がいた。私を見て頬を染め恥ずかしそうに礼をする。全く、面倒なことだ。
席に案内されると、娘の隣に席が設けられていた。家令である彼は私のそばではあるが、随分遠ざけられている。これでは助け舟も期待できなさそうだ。私一人で切り抜けねばならないだろう。
食事を摂りながら微笑して娘の話に耳を傾ける。
貴族の娘にしては珍しいくらいのじゃじゃ馬のようだ。やれどこへ脱走しただの、狩りで鹿をしとめただの、彼女の武勇伝は尽きることはない。こんな娘の話を聞くのは初めてだったので興味深く、退屈せずに聞くことができた。私の反応に手ごたえを感じたのか、屋敷の主人も終始上機嫌だった。まぁ、結局縁談は断ってしまうのだが。それは今言うべきことではないから口をつぐむ。
今回は席が離れていたこともあり彼はえらく静かだった。会食が終わった後にまた今度、と言われて研究の予定にかこつけてやんわりと断る。約束を申し出られた時、私の方を向いた彼の見えないはずの目からなぜか鋭い視線を感じた気がした。
おかしい。会食が終わり帰路についても彼はとても静かだった。
「今日は夕食はいりません。軽めの夜食をあとで私の部屋に運んでもらえますか」
「……はい」
「どうしましたかベル。貴方らしくない」
そう、彼らしくないのだ。帰路についた馬車の中などで、彼はいつもとても興味深い話を私にしてくれる。こんなに静かなのは珍しくて、居心地が悪い。
何かを言いかけ、やめてを繰り返し、やがて意を決したのか彼は静かに私に問うてきた。
「今宵、お時間を頂けますか?」
「夜食の時で構いませんか?夜食をともに摂りながら、というのではどうです?」
彼は首肯した。そしてまた黙りこくる。無言のまま馬車を降り、部屋に戻る。彼は研究室に閉じこもってしまった。何をするつもりなのか、どうしたいのか。私には到底見当がつかなかった。
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