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PerSona-4
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四
「旦那様、夜食をお持ちしました」
今日は軽いものをと頼んだら、紅茶とスコーンが運ばれてきた。今日は彼も席についている。
「で、話とは?」
紅茶に口を付けながら意を決し彼に問う。正直、もう辞めたいだとか研究の邪魔だとか、嫌な方面しか私には想像がつかなかった。
紅茶を口に含み香りを味わう。芳醇な香りのする少し高価なものを好んで淹れさせているのだが、紅茶の味が少しおかしい。そして、微量だがマナの気配がする。
彼は少し、笑みを零した。何故かそれが不気味で、思わず身震いする。
「紅茶の味はいかがですか?」
喜色を含んだ声にぞっとした。
「魔法薬の味がします。なにを盛ったのですか、ベル!」
思わず語調が荒くなる。その途端にぴしり、と部屋の空気が変わった。いつの間にか、魔法陣が部屋に張り巡らされている。魔法陣の文様を見る限り、音や振動を通さなくして密室を作り出すためのものだろう。
こんなことをして一体私をどうしたいのか。怖くなって、私は椅子から立ち上がる。机をずらし、彼も椅子から立ち上がった。感情の読めない穏やかな顔を見つめる。
「貴方が素直になって下さらないので、強硬手段をとったことをお許しください。それは、貴方の本心を暴く薬です。ここの中には、私と貴方しかいません。私に話してください。貴方がどうして、こうも強情にいなければいけないのかを」
心が軋む。口から言葉がずるずると溢れようとする。漏れそうになる声を必死で抑えようとする私を、彼は厳しい顔つきでみている。
「薬の効果が出始めたようですね。そのように我慢されては困ります。言わなければ発狂する程度にはきつい薬ですので、あきらめてください」
「ベル……」
何が彼をこうも駆り立てるのか。私にはわからなかった。
「それではまず言い易いことからお聞きします。今日のあの娘をどう思われましたか?」
私の頭が働くより先に、口が動いた。
「貴族の娘にしては珍しい面白い娘だとは思ったが、縁談として来られたら願い下げだ」
普段より乱暴な口調のそれは、まぎれもない私の本心だった。私の返答に満足したように彼は笑みを浮かべる。
「そうですか。ならば最近貴方が憂鬱そうにされているのは?」
なんとか抵抗する。名前や特定できる言葉を言う事はなんとか避けた。
「好いたものの本心がわからないからだ」
「まだ抵抗なさいますか。ふふっ、本心など、とっくの昔にお伝えしているというのに」
くすりと笑う彼を私はぽかん、と馬鹿みたいに口を開けて見つめた。今、彼は何といったのか。
「『貴方と同じ気持ちです』『君を愛す』『貴方を守る』『愛の告白』……これだけ伝えたはずなのに、貴方は気づいてくださらない、いや、私の本心がわからなかったからどう受け取っていいのかわからなかったのでしょうか」
それはすべて、彼が私の部屋に活けさせた花の花言葉だった。
「貴方が私に想いを寄せていることに、同じく貴方に想いを寄せる私が気付かないとでもお思いですか?」
彼は私の腕にそっと手を伸ばす。強い力で引き寄せられ、驚く間もなく彼の腕の中に収まった。
「好き。好きだ。ベル、あなたのことが」
「知っていますよ、鈍い旦那様」
誰かに抱き締められるのなんて、いつぶりだろうか。暖かい腕の中で、幼い日のことを思いだしていた。そう、あの頃私は一度彼に会ったことがある。まだ目が見えるころの彼に。
――――わたしも、ちちうえやははうえに胸を張れるような、魔術をつかえるようになれるかな。
――――ええ、きっと。貴方は素晴らしい魔術師になれますよ。
彼は幼い私に本を読んでくれた。腕の中で輝かしい未来を想像して胸を膨らませていたあの頃。
次に会った時には、彼は光を失っていた。喪服を着て涙を我慢した私の前に現れた彼は、眼に痛々しい傷を負っていた。彼は私の前に立って静かに言う。
――――お久しぶりです
私は彼の事を覚えていなかった。というよりもその時の私は家を継がねばならない、この家の主として毅然としていなければならない、そんなことばかり考えていたから、彼を思い出す余裕すらなかったのだろう。ただ、一つだけ、直感的に彼だけは、何があろうと私の味方であってくれるだろうと思えたということだけだった。
利己的な、舐めるような視線で利害を計算しつつ私をみる両親の雇った家令とは、何もかもが違った。
――――その眼はどうしたのです?
――――研究の為に赴いた場所で、賊の襲撃に遭いまして、そのときに。ああ、心配なさらずとも、解読魔法で文字は読めますし、物体の形状もそれが何であるかもマナの気配で分かります。
この人を、離してはいけない。そう直感で思った。本当に味方になってくれる唯一の人になるかもしれないのだ。だから私は無理を言った。
――――あなたに私の代の家令を任せます。やってくれますね?
静止の声は周りからは多く上がった。盲目の魔術師になにができるというのか。そうやって私をいさめようとしたのは両親の代の家令だった。
私が知らないとでも思ったのか。あの男はちゃんと給与をやっているにもかかわらず財産を少しずつ少しずつかすめ取っていくコソ泥のような奴だ。私は最初からあの男だけは解雇するつもりでいた。家の古いしきたりを改めていくのも主の仕事だろう。家令となる家が決まっているなどばかげている。
騒然とした周りを気にせず、彼は私の前に跪いた。ふわりと白く長い髪が揺れる。
――――お任せを、旦那様。目の見えぬ私は頼りないかもしれませんが、今日より私は貴方の騎士(ナイト)です。すべての事から貴方をお守り致します。
それは、主従関係を決定づける神聖な儀式のようだった。
「見えぬ目で貴方を見たときに、一目で惹かれましたよ。貴方の、世界に放り出され一人で立とうとする小鹿のような、しかし見えていた目で見た頃と変わらず凛としたその気配に、魅入られました」
彼は、私の頭を優しく撫でてくれる。家令となってからは必要以上に接触をすることなく、主人と家令であり続けてくれた。
「嫉妬したのですよ、あの娘に。あの娘は何の障害もなく貴方に好意を伝えることができる。しかし私と貴方はどうでしょう。同性だということと、私が貴方にお仕えする家令だということが私と貴方を隔てるのですから、そうはいきません」
「ッ……!?」
彼はこんなに饒舌に語る男だっただろうか。本心を包み隠さず言う男だっただろうか。
「私も、あの魔法薬入りの紅茶を飲んでいますから。そうでなくては公平ではないでしょう?」
くすくすと笑いながら、彼は私の頬を撫でる。
「私はきっと、貴方が思うよりずっと欲の強い男ですよ」
きっと、人一倍自制心も強いのだろう。だから私が耐えるよりもずっと魔法薬に対抗していられたし、それ以前に家令として私心なく仕えてくれている。
魔法陣が音を立てて崩れていく。
今の出来事は私と彼しか知らない秘密なのだ。彼は静かに人差し指を唇に当てる。その楽しげな表情に私も思わず笑みが零れ、私は小さく肯定の返事をした。
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