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え、こっちが勇者でこっちが魔王なの!? その2
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「…………あ」
アヴェリオンは、茫然と、自分の下に横たわる、痩せた小さな体を見つめた。
「あ、あの……あの……ええと……」
「…………」
深紅の三つの瞳が、ゆっくりと開く。
「……どうしたんですか、そんな顔をして?」
レナントゥーリオは、にこりと穏やかに笑った。
「あの……ええと、あの……」
アヴェリオンは、がっくりと肩を落とした。
「あの……私、あの……」
「どうしました? なんだか元気がないですねえ? ……あの」
三つの瞳が、おどおどとしばたたかれる。
「あの、ええと……な、なんと言いますかその……が、がっかりしちゃいました、やっぱり……?」
「冗談じゃない!!」
アヴェリオンは、ものすごい勢いでかぶりをふった。
「そんなわけないでしょう!! その……あの……なんというか……その……むしろ逆で……」
「え?」
レナントゥーリオは、きょとんと小首を傾げた。
「逆――ですか?」
「はい、あの――で、できるだけ、その――や、優しくして差し上げたいと思っていたんですけど――」
アヴェリオンは、しょんぼりと言った。
「その……全然上手にできなかったみたいで……」
「そんなことないですよ」
細い腕が、そっと、アヴェリオンの首の後ろに回された。
「あなたはとても優しかった。あんなに優しくしてもらえて、私は本当に、うれしかったですよ」
「…………」
琥珀色の瞳が、不安げに揺らめきながら、深紅の三つの瞳を見つめた。
「……すみません。がっつきすぎました」
「……あなたは、ほんとに」
「え?」
「あなたはほんとに、優しい人なんですねえ、アヴェさん」
「……別に……別に私は、優しくなんかないです……」
アヴェリオンは、どこか苦しげな声でそうつぶやいた。
「…………」
魔王の青白い細い指が、勇者の琥珀色の髪にそっと差し入れられ、そのままゆっくりと、そのやわらかな巻き毛をもてあそびはじめた。
「……あなたは優しい人ですよ」
レナントゥーリオは、やわらかな声でゆっくりと言った。
「自分が優しくない、と悩むなんてこと、本当に優しくない人だったら、きっとするはずありませんから」
「…………もっと優しくするつもりだったんです…………」
「それじゃ、この次、そうしてください、ね?」
「この次――」
アヴェリオンの瞳が、ランランと燃え上がった。
「この次、が、あるんですか――!?」
「え? だって、あなた、私のことを孕ませてくださるんでしょう?」
レナントゥーリオは、クスクスと笑った。
「いくら私だって、その――そ、そこでいくらそういうことをしてもその、さ、さすがに孕んだりしませんから。あの――こ、ここ――」
レナントゥーリオは、もじもじと足を開き、クタリとしぼんだ陰茎の下の、陰嚢、の、その中身がなくなって、外側を覆う部分も、半ばほど体の中に引き込まれたかのような、ふっくらとしたひだを指し示して見せた。
「ここ、あの――さ、さっきみたいに、その――い、いっぱい可愛がってもらうとですね、その――い、今はまだふさがってますけど、そのうちあの――か、体の内側にその、そういう器官ができましたらその――そ、そことつながって、あの――み、道が開きますので――」
「待ち遠しいです、本当に」
アヴェリオンは、優しい声でそう言った。アヴェリオンの陰茎は、その優しい声とは無関係に、凶暴に凶悪に、完全に立ち上がり、この上ない臨戦態勢となっていたのだが、どうやらそれは、強靭な意志の力で無視することにしたらしい。
「いつ、あなたの準備が整うんですか?」
「そ、それはわからないんですけど、あの――そ、その時がきたらあの、こ、ここ、あの――し、自然にその――ぬ、濡れるようになりますので、そ、そうなったら、もう――」
「なるほど」
「……あの」
レナントゥーリオは、アヴェリオンの完全に勃起した陰茎を見て、クスリと笑った。
「その――わ、若いかたは、やっぱりお元気なんですねえ」
「あ、御心配なく。さすがにこれ以上、あなたを抱くのはあなたの負担が大きすぎるのはわかりますから。自分で処理します、はい」
と、真剣な顔で宣言するアヴェリオン。
「…………あの」
「はい」
「あの」
「大丈夫です。自分で処理します」
「いえあの……ええと……」
レナントゥーリオは、顔を真っ赤にしながら、もじもじと言った。
「あの……や、やったことなんてないんで、ぜ、絶対下手ですけど、その……ち、知識くらいはありますので……いや、あの、長いこと生きてますとね、その……な、なんとなくね、そういうこともね……」
「え? ……ええと?」
「……あの」
レナントゥーリオは、意を決したように言った。
「び、びっくりしちゃうかもしれませんけど、あの……わ、私あの、ぜ、絶対に、アヴェさんに、ひどいことなんかしませんからね? あの、や、優しくしますからね? 絶対絶対、噛んだりなんか、しませんからね?」
「え!? ま、まさか――!?」
「い――いやだったら、言ってくださいね。そしたらすぐにやめますから、ね?」
そう言うなり、レナントゥーリオは、大きく立ち上がったアヴェリオンの陰茎を、思い切りよく口に含み、そのままのどの奥まで咥えこんだ。
「う、うわッ!?」
「……えふ……ケホ……」
当然といえば当然のことながら、生理的な嘔吐反射に見舞われ、その三つの深紅の瞳に、ジワリと涙を浮かべながら、それでも懸命に、アヴェリオンのそそり立つ陰茎に、不器用に口淫をほどこしていくレナントゥーリオ。
「あ――あなた!!」
その瞳に、涙を浮かべているのは、レナントゥーリオのほうだった。
――だが。
泣き出しそうな顔をしているのは、アヴェリオンのほうだった。
「な、なんで――なんで、そこまで!?」
「……そんなの、きまってるじゃないですか」
三つの瞳が赤く輝き、その端から唾液を垂れ流している唇が、ゆるやかに笑みを形づくった。
「それはね、あなたが私のもので、そして、私があなたのもの、だからですよ――」
「――」
ゴクリ、と、唾液がのどをくだる音が響いた。
「ええ、ですからね――」
瞳を赤く輝かせたまま、レナントゥーリオはうっとりと言った。
「今日は、上のお口であなたの種をいただきますけど、いつか、きっと、あなたには、私の体の奥に、あなたの種を注いでもらって、そして――そして――」
「…………」
「……子供が産まれたらね、きっと、すごくかわいいと思うんですよ。私――あなたと出会うことができてよかったですよ。あなたと出会わなければ、私はきっと、何もなすことなく、ただ時を重ね続け、そして、そのまま消え去っていったでしょうからね――」
「――ええ」
琥珀の瞳もまた、血の色にとてもよく似た輝きを浮かべた。
「いいですよ、わかりました。お望みどおり、あなたのすべてを、きちんと犯しつくしてあげますからね……」
「……それは、楽しみです」
小さな舌なめずりとともに。
レナントゥーリオは、再びアヴェリオンの陰茎を咥えこんだ。
「…………あ…………」
「……うわ」
レナントゥーリオは、驚いたように言った。
「なんか、あの……味が、変わったんですけど?」
「あ、あの、すみません、もうその……もう、出そうで……」
「……ああ」
レナントゥーリオは、コクコクとうなずいた。
「じゃあ、出しちゃってください。――はむ」
「ってあなた、なにまた咥えてるんですか!?」
「え?」
「あ、あの……こ、このままだとあの……く、口の中にあの……」
「ああ、いいですよ、別に。だってその、別に毒じゃないでしょ?」
「あ、ちょっとそんな、さ、先っぽでしゃべらないで――あ!?」
「……やっぱり、若い人って元気ですねえ」
レナントゥーリオは、小さく笑いながら、自分の顔一面に飛びかかった、白濁したものをぬぐった。
「ああ――ああもうまったく、あなたは、まったく!!」
「え? あ、あの、わ、私何か、あなたの機嫌を損ねるようなことを――うわッ!?」
「……ひどいことは、しません」
アヴェリオンは、小さな声で言った。
「ただ――ただ――」
「ただ――なんですか?」
「…………わかりません」
アヴェリオンは、泣き出しそうな声で言った。
「何をどうすればいいのか……わからないんです、全然……」
「……私にも、わかりません」
レナントゥーリオは、静かな笑みとともに言った。
「とりあえず――お風呂にでも行きましょうか?」
「お、お風呂!?」
そう叫んだアヴェリオンの鼻から、一筋の鼻血が静かに流れだした。
「……とうとう、魔王様がお相手を見つけられたか」
大空を悠々と舞う、紫に真珠光沢がかかったうろこを美々しく輝かせた竜が、低く朗々とした、若い女の声でそう言った。
「ナルガしゃん、どないするんやあ?」
竜の背にちょこなんと乗った、少年とも少女ともつかぬ、強いて言うなら、『小動物』の、可愛らしさと愚かしさと愛くるしさとどうしようもなさと、庇護欲をそそるそのたたずまいと、どうにもこうにも、こいつは生存本能というものに欠けるところがあるのではないか? と首をひねりたくなるようなところと、とにかくそんな要素を丸ごとまとめて抽出して、じっくりことこと七日七晩ほど煮詰めて、そのあと裏ごししたかのようなちびっ子が、いとものんきな声でそうたずねた。
やわらかそうな、ポヤポヤとした茶色の、肩ほどまである髪の毛を風になびかせ、どこからどう見ても、『ちびっ子』としか言いようのない、プニプニプクプクとした体で、いとも気軽く巨大な竜に声をかけるその姿は、ほほえましいとも場違いの極みとも言い難く、そして、ただ今現在、魔王城に足止め中(勇者に限っていえば、わが世の春を絶賛謳歌中)の、勇者達パーティーの者達がそのちびっ子を見れば、漂白されたかのような、青白いほどに白いその肌と、額にパチリと開いた第三の目、ちんまりとした三本角、そして、その瞳の美しい深紅で、このちびっ子が、『魔王』と同じ血をひく一族のものだということが、一目でわかったかもしれない。
「魔王しゃん、死なんですんだみたいやねえ。そんでもって、勇者が魔王しゃんに一目惚れして、魔王しゃんの奴隷になりよったんやろ? なあ、ナルガしゃん、ぼくらこれから、どないするんなあ? このまんま、どっかに避難するんかあ? それとも、もう安全になりよったから、魔王城に引き返すんかあ?」
「そうだね――どちらにしろ、もうしばらくは、魔王城に帰らないほうがいいと思うよ」
巨大な紫色の竜は、愛しさがそこから滴り落ちてくるような、甘い甘い声で、背中のちびっ子に語りかけた。
「なあんでやあ? だってぼく、次期魔王候補なんやで。だったら、ぼくかて、危険がなくなったんなら、魔王城にいたほうがええんとちがうんか? おぅん?」
「でも、もうしばらくは帰らないほうがいいよ」
巨大な紫色の竜は、色鮮やかな火炎とともに、大きくため息をついた。
「なあんでやあ?」
「なんでって、そりゃ……」
巨大な紫色の竜は、しばし言葉に詰まった。
「なんでって、そりゃ……魔王様が、運命のお相手を見つけられたからには……」
「そしたら、どないなるんなあ?」
「うん……そうしたらね……」
巨大な紫色の竜は、困りきった声で、それでも誠実に、背中のちびっ子の問いに答えた。
「そうしたら、その……魔王城には今頃きっと、第三者が非常に目のやり場に困るような光景が、繰り広げられているだろうからね……」
「……おい、アヴェ公」
「なんですか、ランシーさん?」
「てめえ――そのひよひよ淫乱魔王をひざからおろしやがれええええええッ!!」
「はっはっは。嫉妬ですか? 見苦しいですよ、ランシーさん」
と、余裕たっぷりの顔で賢者ランシエールに微笑みかける、勇者アヴェリオン。その膝の上で横抱きにされて、顔を真っ赤にしながら、気の毒そうな顔で賢者ランシエールを見つめる、貧相でしょぼくれた、だがどういうわけか、妙につやつやと血色のいい、おとなしそうなおっさん――いやいや、魔王レナントゥーリオ。
「誰が!? 何に!? おいアヴェ公、私がいったい、誰に何の嫉妬をするっていうんだ!?」
「それはもちろん、こんなにも可愛い人とめでたく結ばれた、私に対する嫉妬に決まっているじゃないですか」
と、真夏の太陽もかくやと言いたくなるほどにはればれとしたまぶしい笑みを浮かべるアヴェリオン。
「てめえの脳味噌には、赤い虫が万単位でわいてやがるのかああああああああッ!?」
と、テーブルをたたきながら絶叫するランシエール。その拍子にテーブルから転げ落ちそうになる果物を、朝食の給仕を務めていた、インプのライサンダーが、器用にヒョイと拾いあげる。
「うるさいわよ、ランシー」
そう言いながら眉をひそめる、魔女パンドリアーナ。
「朝ごはんくらい、落ちついてゆっくりとらせてちょうだい」
「なんでこの状況でそんなに落ち着いていられるわけ、おまえは!?」
「落ちついてなんかないわよ! 胸熱よ! 超胸熱よ! ktkr、wktk、hshs、prprよ! でも、よけいなことしてアヴェと魔王様の邪魔をしちゃ悪いから、必死で自重してるのよ!!」
「それが、『自重』なら、この世に自制心を失った人間なんぞ存在しねえええええッ!!」
「ライさん、ランシーさんは、何をあんなに騒いでらっしゃるんでしょうねえ?」
と、あっけらかんと問いかける、淫魔エルメラート。
「うーん……まあ、ほら、人間には、ああいう……魔王様と勇者様みたいな関係に、抵抗を持つかたがたも多いみたいだからねえ」
と、苦笑する、インプのライサンダー。
「っていうか、おまえらに抵抗はねえのかよ!?」
と、矛先をエルメラートとライサンダーに向けるランシエール。
「えー? 抵抗って?」
「男どうしでイチャコライチャコラ! 抵抗はねえのか!?」
「えー? でも、魔王様はもう、勇者様の子供を産める体なんでしょ?」
「あ、エ、エーメさん、それはね、実はまだでね、まだ体が変化しきっていませんのでね……」
「あ、そうなんですか。でも、どうせ遅かれ早かれでしょ?」
「そこからしてすでにおかしいだろ!? なんで、『ピーーーッ!』がついてるやつがガキ産むんだよ!?」
「え? だって、そんなこといったら、ぼくだって両性具有ですよ?」
「へ!? ……マジで?」
「ランシー、あんた、賢者なのになんでその程度のことも知らないのよ?」
と、あきれ顔で言うパンドリアーナ。
「魔族には多いですからねー。両性具有者とか、性別転換可能なやつとか」
そう言って、肩をすくめるライサンダー。
「……うう……頭いてえ……」
そう言って、頭を抱えるランシエール。
「頭が痛いんですか? 人間さんのお薬とか、ありましたかねえ……?」
と、真顔で心配する、魔王レナントゥーリオ。
「てめえだよてめえ! 私の頭痛の原因は、ほかならぬてめえだよ!!」
と、恨めしげに叫ぶランシエール。
「はあ、それは……どうも申し訳ありません」
と、本当にすまなさそうにランシエールに頭を下げるレナントゥーリオ。
「気にすることはありませんよ、愛しい人。それより、ほら、このパン美味しいですよ。一口どうぞ」
「あ、どうも」
にこにこと笑いながら、アヴェリオンが、その形のいい指につまんで自分の口元まで運んでくる一口大のパンを、はむっとくわえてモグモグ食べるレナントゥーリオ。
「にーい、にーい」
「あ、フラニーちゃん、おなかすいちゃったの? すみません、ライさん、フラニーちゃんにも何か――」
「はい、かしこまりました」
「魔王がそこらへんに一山なんぼでうろついてる、駄猫飼うんじゃねえええええッ!」
「駄猫じゃありませんよッ! フラニーちゃんは、ほんとに賢くて、ほんとに可愛い、素敵な素敵なニャンコちゃんですッ!」
「魔王が、っつーか、おっさんが、『ニャンコ』なんて言うんじゃねえええええッ! 気色悪いんじゃああああああッ!!」
「は、はあ……そ、それはどうも、も、申し訳ありません……」
と、しょんぼりするレナントゥーリオ。
「……ランシーさん」
にこやかな、だが、「こんな笑顔見せられるぐらいなら、いっそ、激怒してくれたほうがましだ!!」と、叫びたくなるような笑顔とともに、アヴェリオンはランシエールをにらみつけた。
「その、ろくでもないことしか言わない舌を根元から引き抜かれるのと、その、愚かしいことしか口にしない唇を、丁寧に縫いあわされるのと、いったいどっちがいいですか? ああ、それとも、いっそのこと、両方やって差し上げましょうか?」
「ど、どっちもごめんにきまってるだろ!?」
「だったら黙ってなさい」
「…………ゲンロンダンアツハンタイ…………」
「おや? 黙っているように言ったのが、どうやら聞こえなかったようですね?」
「キコエマシタ。ダマッテマス。ボウリョクハンタイ……」
青い顔で口をつぐむランシエール。彼女がついている、その同じテーブルでは、勇者が魔王を膝に乗せ、手ずから朝食を食べさせてやったり、機嫌よく微笑む魔女に、手ずから果物の皮をむいてやる、若き女剣士がいたりするのだが、とりあえず今現在、賢者ランシエールの周りには、さまざまな要因からくる、暗雲がどんよりと立ち込めているのであった……。
「……敵が来ねえな」
「いいじゃない、平和で」
いぶかしげな賢者ランシエールの声を聞きながら、魔女パンドリアーナが優雅に紅茶を口に運ぶ。
「あら、美味しい。ジャム入りの紅茶もなかなかいいわねえ」
「今日の紅茶には、バラの花びらのジャムを入れてみました」
と、にこやかに言う、すっかり給仕役が板についた、インプのライサンダー。――というか、彼はもともと、魔王のそば近くに侍り、様々な雑用をこなすのが本業である。
「あら、いいわねえ。あなたのセンス、あたしは好きよ」
と、にっこり笑うパンドリアーナ。
「魔族がそんな小洒落たことすんじゃねーよ!!」
と、不機嫌にツッコむランシエール。
「あら、なんでそんな失礼なこと言うのよランシー。魔族だろうがなんだろうが、こんなに美味しい紅茶を入れる腕は、正当に評価すべきよ」
と、言いながら、パンドリアーナがヒョイと、チーズで風味をつけたクッキーをつまむ。
「っかしいなあ、あんだけ大々的に、全世界に向けて宣戦布告したんだから、そろそろ討伐隊の一つや二つ、来たっておかしくねえんだけどな……?」
と、首をひねる賢者ランシエール。
「そうねえ、いったいどうしたのかしらね? あれかしらね、やっぱりあたしが、あの可愛い魔王様と、うちの勇者との濃厚な濡れ場や微笑ましいイチャラブの映像を、げっぷが出るほど各国の有力者や首脳陣に送りつけてやったのがきいてるのかしらね?」
「…………」
ランシエールは、あごが外れたのかと思うほどポカンと口をあけ、まじまじとパンドリアーナを見つめた。
「あら? どうしたのランシー、そんな間抜けな顔しちゃって?」
「…………てめえは、各国の有力者や首脳陣に、一族郎党皆殺しにされたレベルの恨みでもありやがんのかああああああああッッッ!?!?」
「え? やあね、そんな恨みなんかあるわけないじゃない。もしも恨みがあったりなんかしたら、あたし、あんなお宝映像を、連中に送りつけたりなんかしないわよ!(キリッ!)」
「うわああああ! 各国の有力者や首脳陣超かわいそう!!」
「あら、でも、あたしの送った画像で、何かに目覚めたり、新しい自分を発見したりする人達もいるかもよ~☆」
「いやだあああああッ! か、帰ってみたら、人間の世界がみんな、おまえみてえなド変態に支配されることになっていただなんて、それ、悪夢以外のなにものでもねえじゃねえかよおおおおッ!!」
「あら、何それ素敵? ……それにしても、ほんとに誰も来ないわねえ。みんないったいどうしちゃったのかしら?」
「おまえおまえ! そりゃ、間違いなくおまえのせいだよパンディ!!」
「あら、あたしなんにもやってないわよ?」
「おめえが世界中にばらまいた、超ド級の具現化した悪夢映像のせいだよ!! あ、あのなあパンディ、『狂気の復讐者』っていう二つ名をつけられるほど、敵には情け容赦のないあのアヴェちゃんが、あ、あの、どっからどう見ても、そういう意味での魅力なんざあ、まったくかけらも、これっぽっちもねえあのひよひよ魔王と、その、なんつーかこう、の、濃厚に絡みあってたり、イチャイチャニャンニャンしてる映像を、四六時中送りつけられてみろよ!?」
「なるほど! みんな、崇高なる『貴腐人道』に目覚めてくれたのね!!」
「ちぃーっげーよ!! あ、あのなあ、そ、そんな画像を嫌がらせとしか思えないくらいひたすらに垂れ流されてみろ! そ、それ見せられる連中は、いったいどう思うと思うんだよ!?」
「胸熱画像ktkr!!」
「んなわけねーだろーが!! そ、それ見せられたやつらぜってえこう思ったよ! 『ああ、味方の自分達でさえドン引きするほど、《敵》に対して情け容赦がなくて、《敵》相手にだったらどんなド外道なことをしても眉ひとつ動かすこともなければ、チリ一粒分の後悔をすることもない、あのアヴェリオンがあんな、目の前に具現化した悪夢のようなとんでもない行為にせっせといそしんでいるからには――これは、畢竟、《敵》、すなわち魔族から、強力無比にして回避不可能な、超高等な精神操作魔法でもかけられたに違いない! ……え、ってことは、うかつに攻め込んでいったりしたら、自分らもおんなじような目にあうわけ!?』ってな!!」
「おんなじ目にあえばいいのよ! カモンジョイナス!!」
「そんなおぞましい呪文を唱えるんじゃねえええええええッ!!」
「ああもう、本当にうるさいわねえ、ランシーは。あ、ライちゃん、紅茶のお代わりいただけるかしら?」
「あ、気がきかなくて申し訳ありません。どうぞどうぞ、喜んで」
「ありがと」
「…………だ、だめだ、この界隈で、正気と常識と理性とを保っている知的生命体は、私ひとりっきりしかいやしねえ…………」
「いいじゃないの、当人達が幸せなら」
「私は今現在、結構不幸なんだけどな!?」
「あら、どうして?」
「私はなあ、てめえらみてえなド変態じゃねーんだよ!!」
「ランシー、あなた」
パンドリアーナは、わざとらしく、大仰にため息をついた。
「ほんとにあきらめが悪いわねえ」
「あったりめーだ! あきらめてたまるか!!」
「あなたも早く、貴腐人道に目覚めればいいのに」
「断固として断るッ!!」
「ただいまー。あれれ? どうしたんですかランシーさん、そんな大声をあげて?」
あっけらかんとした声とともに、淫魔のエルメラートが汗をぬぐいながら現れた。その後ろから、剣士サラスティンが続く。
「ただ今戻りました、パンドリアーナ様」
「お帰り、サラ。エーメちゃんとの鍛錬は楽しかった?」
「ええ。私は正直、淫魔という種族は、もっと戦闘能力が低いものだと思っていたのですが――」
「あはは、ぼくはね、体をいじめるのが好きなんですよ!」
と、やはりあっけらかんとした口調で言うエルメラート。
「やっぱりあなた、変わった淫魔なのね」
「え? そんなことはありませんよ。ぼく達淫魔はみんな、『快楽』に貪欲なんです。体をいじめる、っていうのも、快楽の一種ですよ。ぼくはただ、厳しい鍛錬で体をいじめまくるっていう快楽に貪欲なだけです。あ、サラさん、鍛錬の時、ぼくにあわせて手加減してくださって、どうもありがとうございます」
「別に私、あなたを再起不能にするつもりなんてないし。手加減くらいするわよ」
そう、和やかに会話を交わす、エルメラートとサラスティン。
「…………あー…………」
テーブルに突っ伏したまま、ランシエールが大きくうめく。
「いったいなんだって、こんなわけのわからん、けったいな状況になってやがるんだ……」
「……ねえ、ランシー」
不意に。
パンドリアーナが、ひどく真面目な声で言った。
「んだよ、パンディ?」
「あなたはそんなに、この魔族さん達と戦いたいの? あなたはそんなに血が見たいの? あなたはそんなに――そんなに戦いたいの?」
「…………」
ランシエールは、わずかに眉間にしわを寄せて、パンドリアーナを見つめた。
「……別に、そういうわけじゃねえけどよ」
ランシエールは、ポツリとそう言った。
「おい、そこのチビインプ、のど乾いた。茶でもくれよ」
「はい、かしこまりました」
ランシエールの言葉に、気を悪くした様子も見せず、ライサンダーは、静かにランシエールに茶を入れはじめた。
「……誰からも、好かれたことなんてないんです」
魔王の細い腕の中で、勇者はポツリとそうつぶやいた。
「そんなことはないですよ」
魔王は穏やかに微笑んだ。
「だって、私はあなたが大好きですから。『誰からも』好かれていないだなんて、そんなはずはありませんよ」
「……私が強くなかったら、あなただって、私のことを好きになんてならなかったでしょう?」
弱々しい声で、勇者はそう言った。
「だって、あなたはそういう種族なんでしょう? あなたが自分で言ったでしょう? 自分達の一族は、絶対的な強者としか恋におちない。絶対的な強者と恋におちて、その強者を恋と愛欲という鎖で縛りあげ、意のままにあやつるのが、あなたがたの一族の能力だ――と」
「……それは、そうなのかもしれませんね」
魔王は静かにそう答えた。
「でも、ねえ、アヴェさん、『恋におちる』のは、私の一族だって――私だって、そうなんですよ。私はあなたに、恋をしています。愛してます。惚れちゃってます。そのことを疑われると、私はとても、悲しいです」
「……まあ、あなたとしては、そう言うしかないですよね」
憎まれ口のような、勇者のその言葉に、
「ええ、そう言うしかありませんよ」
魔王は穏やかな答えを返す。
「だって、それは、みんなほんとのことですから」
「…………私が強さを失ったら、あなたは私を捨てるでしょう?」
勇者は、まるで駄々をこねるようにそう言った。
「捨てませんよ」
魔王は即答した。
「そんなことを言って。あとで後悔しますよ」
「しませんよ」
「しますよ」
「しません」
「『弱い』私といっしょにいて、あなたにいったい、何の得があると言うんですか?」
「ただ、一緒にいたいだけです」
魔王はそう言って、勇者の琥珀色の瞳をのぞきこんだ。
「それでは、いけませんか?」
「…………」
勇者は、ただ黙って、ゆっくりと目をしばたたいた。
「あなたはかわいい人ですね」
そう言って、魔王は優しく、勇者の琥珀色の髪をなでた。
「…………あなたは」
勇者は、泣き出しそうな声で言った。
「あなたは私が――怖く、ないんですか?」
「……アヴェさん、アヴェさん、勇者さん」
魔王はクスリと、小さく笑った。
「かよわくはかなく、愚かしくも愛らしい、『人間』であるあなたが、『魔王』である私とこうして同衾していて、それであなたは、怖く、ないんですか? 私のことが、憎く、ないんですか?」
「……どうしてあなたのことを、怖がったり憎んだりしなくてはならないんでしょう?」
勇者は、ひどく驚いたようにそう言った。
「ああ――なんだか私は、何もかも、よくわからなくなってしまった」
「あなたはまだ、とてもとても若いのですから」
魔王は愛しげに、そしてまた、どこか痛ましげに、勇者を見つめ、胸の痛くなるような笑みを浮かべた。
「わからないことだらけでいいんですよ。それが当然なんです」
「…………ああ」
勇者は大きく苦笑した。
「どうやら私は、すっかりあなたにたぶらかされてしまったようです」
「ええ、私はなにしろ、『魔王』なんですから、それっくらいの悪さはします」
魔王は、すました顔でそう言った。
「なるほど。ほんとに悪い魔王さんだ」
勇者は、クスクスと笑った。
「しかしあなた、こんないやらしい体で、よくまあ私と出会うまで一人身を保っていられましたね」
「は!? わ、私、そんなこと言われるの、ほんとにこれが生まれて初めてなんですが――あの、参考までにうかがいますと、い、いったいどこが?」
「何を言っているんですかあなたのように存在しているだけで性的な人がそんなことを言うなんてああそうだあなたは人ではありませんでしたねでもそれにしてもこんなにいやらしい体をしてこのちょっと強くつかんだだけで折れてしまいそうに細い手首だとかサラサラして下品な脂っけなんてどこを探してもないこの綺麗な白髪交じりの髪だとかそのちょっと高めの優しい甘い声だとか可愛らしい小さな足だとかいつもちょっと冷たいそのつま先だとかああそれになんといってもその皮膚の上からもはっきりとわかる浮き出たあばら骨! 指先でなぞっていくだけで絶頂を迎えそうになります!!」
……と、例によって例のごとく、人類史上に残りかねない、たぐいまれなる残念っぷりを惜しみなく大公開する勇者アヴェリオン。
「はあ……そ、そうですか、はあ……」
と、なんとも言いようのない顔で、目を白黒させる魔王レナントゥーリオ。
「……あなたにとって私は、あまり魅力的ではないんですか?」
アヴェリオンは、少しすねたようにそう言った。
「え? そんなことないですよ。どうしてそんなふうに思うんですか?」
「だって、その――」
アヴェリオンは、ちょっと気まり悪げにもじもじした。
「あなたは私に対してその――さっき私が言ったみたいなことを、あんまり言ってくれないから――」
「――ああ」
レナントゥーリオは、申し訳なさそうに、はにかんだように微笑んだ。
「ごめんなさいね。あんまりあなたが綺麗だから、ああ、綺麗だなあ、と思って見つめていると、飛ぶ様に時が過ぎ去ってしまうんですよ。綺麗だなあ、素敵だなあ、こんな素晴らしい人がいつも隣にいてくれるなんて、私は本当に幸せだなあ、と思っているだけで、あっという間に一日が終わってしまうんです。でも、そうですよね、あなたには、他者の心を読む読心能力なんてないんですから、いくら心の中で熱に浮かされたようにそう思っていたところで、口に出さなければ、あなたには伝わりませんよね。そのせいで、つらい思いをさせてしまっていたのなら、本当にごめんなさい。これからは、もっときちんと、自分の気持ちを口に出すようにしますね」
「…………今ので大分満足しました」
アヴェリオンは、照れたようにそう言った。
「ああ――まったくおかしなものですね。常日頃から、言葉のはかなさと移ろいやすさと、その欺瞞のすさまじさと胸やけしそうなおためごかしと、そして、互いの意思を疎通させるには、あまりにも不完全すぎるそのありかたに、うんざりしきっていた私なのに、あなたの言葉は――とても、こころよい――」
「あなたはとても優しくて、そして、とても真摯な人なんですよ」
魔王は、やわらかな声でそう言った。
「……ねえ、アヴェさん」
「なんですか、レナンさん?」
「……あのですね」
「はい、なんでしょう?」
「えーと、あの、その……あの、ですねえ」
「はい、どうかしましたか?」
「あのあの、えとえと、あの、ですねえ」
魔王は、真っ赤な顔で照れまくりながら。
「あのですね――た、たぶん、ですね、あ、明日、明日の晩くらいにですね、あのその、あのえと、あの、ですからその――わ、私の体がですね、その、なんと申しましょうか、その、あなたの――アヴェリオンさんの子供を宿すことができる体に、変化し終わるような感じなんですけど、あの、その、あの、えと――」
「…………」
「あ、あの――ア、アヴェさん? ど、どうかしたんですか? だ、大丈夫ですか? あの――あのッ!?」
……さて。
魔王レナントゥーリオが、喜びのあまり、ほとんど錯乱状態となったアヴェリオンから、力一杯抱きしめられ、呼吸困難に陥って軽く失神するまで、おおよそ、後3分というところ――。
「端的に私の要求を申し伝えておきますと、明日の晩、私の邪魔をしたら生まれてきたことを少なくとも100回ほど後悔させた後に惨殺します」
「誰かー! 超犯罪者予備軍がここにー!!」
「御心配なく。1人殺せば殺人者ですが、10万人殺せば英雄です」
「どっかで聞いたようなセリフ言いやがったこいつ!?」
「まあとにかく、明日の晩は、私達の邪魔をしないでください」
「あのさ……ま、なんつーか、参考までに一応聞いとくんだけど、なんで明日の晩邪魔するなってことをそんなに強調しまくるわけ?」
「明日の晩、私達は、いよいよ子づくりを開始するからです!!」
「聞かなきゃよかったー!!」
「パンディさん」
「なあに、アヴェちゃん?」
「私に、『似ている』子供が絶対に生まれてこないようにする魔術って、何かありませんかねえ?」
「あら」
魔女パンドリアーナは、さすがに驚いた顔で、勇者アヴェリオンを見つめた。
「その逆の魔術を欲しがる人だったら、まあ、いなくもないけど。あなたみたいなことを言う人って、初めて見たわ、私」
「そう――ですか。みなさんなかなか、自分のことがお好きなようで」
「アヴェは、自分のことが好きじゃないのね」
「……私なんかに似るよりも、レナンさんに似たほうが、絶対に、子供は幸せですよ」
アヴェリオンは、パンドリアーナの問いをはぐらかすかのように、そうつぶやいた。
「あら、そんなに心配することないのに。たとえアヴェが、自分に似た子供のことをあんまり可愛がれなくたって、あの魔王様だったらきっと、アヴェに似た子供を目一杯可愛がってくれるでしょうから」
「……それはそれで、子供に嫉妬してしまうような気がするんですよね」
「あら、ずいぶんかわいいことを言うのね、アヴェ」
パンドリアーナは、クスクスと笑った。
「なあにい、魔王様、もう子供がつくれる体になったのお?」
「……明日の晩あたり、そうなるだろうと……」
「あらあ、よかったわねえ、アヴェ。あーあ、あたしも、サラとの間に子供でもつくってみようかしら?」
「私が言うのもあれでなにですが、あなたいったい何段階、いや、何十段階すっとばすつもりですか!?」
「やーね、冗談よ、冗談」
パンドリアーナは、ケラケラと笑った。
「それにしてもアヴェったら、『何を馬鹿なことを言っているんですか。そもそも女どうしで子供ができるわけがないでしょう?』、とは言わないのね」
「まあ、あなただったらそのくらいのことはやりかねないと、常々思っておりますので」
「あらあ、光栄だわ」
パンドリアーナはニヤニヤと笑った。
「それにしてもアヴェは、本当にあの魔王様のことが好きなのねえ」
「ええ。まったくもって、恐ろしい力です」
「……ほんとにねえ」
パンドリアーナは、じっとアヴェリオンを見つめた。
「……ねえ、アヴェ」
「なんでしょうか?」
「あのね――あなたがあの魔王様に出会ってからね――あたし達、気がついたのよねえ。ううん、気がついた、っていうか、とっくの昔に気がついていたことを、改めて思い知らされた、っていうか――」
「……なんの話でしょうか?」
「……あなたが、あの魔王様と出会うまでね」
パンドリアーナは、小さくため息をついた。
「あたし――ううん、あたし達、あなたが笑うところを、一度も見たことがないのよねえ」
「……でしょうね。私は女が嫌いですから」
「女が嫌いなんじゃないでしょ」
パンドリアーナは、あっさりと言った。
「アヴェ、あんた、人間が嫌いなんでしょ」
「……そんな私が、人間のために戦うはずなんてないでしょう?」
「あら、あなた、一度だって、『人間のため』に戦ってたことなんてないじゃない」
パンドリアーナは、またしてもあっさりとそう言った。
「あたしはあなたじゃないから、あなたがなんのために戦ってたか、なんてことは知らないわよお。だけど、あたしが『人間のため』に戦ってたんじゃないのとおんなじくらい、あんただって、『人間のため』になんか、戦ってなかったじゃない」
「……それで、何か問題でも?」
「それで、問題がなかったことが問題なのかもね」
パンドリアーナは、大きく肩をすくめた。
「まあいいわ。あなたと魔王様の子づくりなんて、そんな胸熱イベント、言われなくたって全身全霊をあげて応援するに決まってるじゃない! この、『宵闇の魔女』パンドリアーナ様にお任せよッ☆」
「いえ、お願いですから、よけいなことは何一つしないでください。できれば息も身動きもせずに、石化魔法でもかけられて、石像になっていて下さると理想的なんですが」
「あらやだ、ツンデレ発動? アヴェったら、カワイイ?」
「デレ成分は一切含まれておりません。心の底から、あなたが石像になってくれたらどんなに楽かと思っております」
「あらあ、そんなこと言ってもいいわけえ? 来るべき討伐軍との戦いの際に、貴重な戦力になるであろう、このあたしに?」
「……それがあるから、私とレオンさんとの甘いひと時を、無礼極まりないことに、盗み見ているあなたを、刻み殺しも八つ裂きにしたりもせずに、こうして生かしておいてあげてるんじゃないですか」
「あらやだ。おお、怖い怖い☆」
「……あ、あの、エーメさん、ちょっとおうかがいしてもよろしいでしょうか?」
「はーい、なんでしょうか魔王様?」
「あの……その……え、ええと……なんと申しましょうか……その……あの、ですね、その……と、殿方を喜ばせるようなことを、も、もしもご存じだったら教えていただきたいのですが……」
「え? ……ああ! 要するに、いやらしいテクニックを教えてほしいんですね、魔王様は!」
「は、はあ、あのその、あのえと、な、なんと申しましょうか、その、そ、そういうことになるんでしょうかねえ……あ、あの、わ、私あの、ほ、ほんとになんにも知らなくて、いや、あの、知識は少しだけあるんですけど、でもその、実践経験とかないから絶対に下手でしょうし……」
「なるほど! おやすい御用ですよ! それじゃさっそく、実技を通してテクニックを御教授――」
「まっ、ままま、待って待ってエーメ君! き、君、そりゃヤバい、ヤバすぎる、はなはだしくヤバいッ! く、く、口で説明するだけなら、まだかろうじて生還の可能性もあるけれど、こ、ことが実技に及んだら、君だけじゃなくって、監督不行き届きってことで、俺までまとめて刻み殺されるッ!!」
「え? あの人って、そんなにヤバい人なんですか?」
「ヤバい人なんだよ! 現状を把握してよ!!」
「はあ、そうなんですか。うーん、口だけで説明するのって難しいな……」
「俺も手伝うから! とにかく、実技だけはヤバいの! いや、他にも色々ヤバいことはあるけどね!?」
「ど、どうも、お手数をおかけしますね、お二人とも……」
――それが、前日のことだった。
魔王レナントゥーリオは、ゆっくりと落ち着いた手つきで、飼い猫のフラニーの背中をなでていた。
ちなみにフラニーは、まあなんというか、見事にどこにでもいる、実に普通の猫で、賢者ランシエールからは、端的に、『駄猫』と評されているが、面と向かってそんなことを言おうものなら、レナントゥーリオがとても悲しそうな顔をするので、今のところ、レナントゥーリオの前で、フラニーをそんなふうに呼ぶのはランシエールしかいない。
「……なあ、おっさん」
ランシエールは、近くに勇者アヴェリオンがいないことを、実に12回も確認してからレナントゥーリオに声をかけた。
「はい、なんでしょうかランシエールさん?」
「『敵』にコマされて、そいつのガキ孕むのってどんな気持ちだ?」
「…………」
レナントゥーリオは、小首をかしげてランシエールを見つめた。
「……んだよ。なんか文句あっかよ」
「……もう、『敵』じゃありませんから」
「ケッ。まったくろくでもねえ力だぜ」
「大丈夫ですよ」
レナントゥーリオは、にこりと笑った。
「私達は、幸せになりますから」
「何を根拠にんなことが言えるんだよ」
「根拠は、今のところ、あんまりないです、はい」
「ケーッ! いったいなんだって、こんなにおつむのめでてえおっさんが、『魔王』なんだか!?」
「大丈夫ですよ」
魔王レナントゥーリオは、静かに微笑んだ。
「根拠はこれからつくりますから」
「……ここがね」
魔王レナントゥーリオは、勇者アヴェリオンに向かってそっと、自分の額の真中で赤々と輝く、人間にはない第三の瞳を指差した。
「私の体の中で、一番敏感なところだったんですよ、今まで」
「そうですか。――口づけしても、いいですか?」
「ええ、どうぞ」
アヴェリオンはそっと、ほとんど恐る恐る、レナントゥーリオの、第三の瞳を覆い隠す、まぶたの上に口づけた。
「――聞いてもいいですか?」
「はい、なんでしょうか?」
「――『今まで』とおっしゃいましたよね?」
アヴェリオンの琥珀色の瞳が、ギラリと輝いた。
「では――『今』、あなたの体の中で、一番敏感な場所ってどこですか?」
「…………」
レナントゥーリオは、妖艶な微笑みを浮かべた。
「……すぐには、見せられません」
「ゆっくりで、かまいませんよ」
「そうですか……では」
レナントゥーリオは、ゆっくりと、丁寧に、身にまとう銀鼠色のバスローブを脱ぎ去った。
「…………あの」
「はい?」
「灯り――おとしませんか?」
「そんなことをしたら、よく見えないでしょう? ――なにしろ私は人間ですから」
アヴェリオンは、意地悪く、ニヤリと笑った。
「暗いところでは、あまりよく物が見えないんですよ」
「…………わかりました」
レナントゥーリオは、ひそやかな笑みを浮かべた。
「……あの」
「なんでしょうか?」
「……最初だけ、でいいですから」
三つの赤い瞳が、すがるように琥珀の瞳に向けられた。
「少しだけ、でいいですから、あの――や、優しくしてくださると、とてもうれしいです。あ、あの、な、慣れてきたらその――は、激しくされても大丈夫だと思いますから――」
「――ごめんなさい」
アヴェリオンは苦しげな顔で、レナントゥーリオをそっと抱きしめた。
「今まで私ずっと、あなたの体に負担をかけてきてしまいましたね」
「ああ、ごめんなさい! そんなつもりで言ったんじゃないんです! アヴェさんはいつも、私にとっても優しくしてくださいました!!」
レナントゥーリオは、あわてたようにそう言った。
「た、ただ、あの――こ、ここは、あ、新しくできたばっかりのところだから――じ、自分でもまだ、さわるのがちょっと怖くて――」
その、言葉とともに。
レナントゥーリオは、アヴェリオンの抱擁からそっと身をほどき、静かに寝台の上に腰かけ、おずおずと足を開いた。
「ど――どう、でしょうね? や、やっぱりちょっと、変、でしょうか?」
「…………」
アヴェリオンは食い入るように、レナントゥーリオの開かれた足の間を見つめた。
「あ、あの……や、やっぱり灯り、おとしたほうが……」
「とんでもない!」
アヴェリオンは、ものすごい勢いでレナントゥーリオの両足をつかみ、閉じさせないようにガッチリと固定した。
「あ、あの、あのあの、あのえと……」
「……美しい……」
「そ――そう、なんですか? わ、私その、そこがどうなってるのが普通なのか、ぜ、全然わからなくて……」
「美しいですよ。どれほど美しいか、どんなに言葉を尽くして言っても、到底語りつくすことなどできませんが――」
「や、いやです! い、言わないでくださいね、そ、そこがどう見えるかなんて!!」
「どうして?」
「どうして、って――は、恥ずかしいですよ!!」
「恥ずかしくなんかないですよ。……本当に美しいですよ。私、こんなにきれいな肉の色を、今までに見たことがありません。……あんまり美しすぎて、さわるのが怖くなるくらいですよ……」
「そ――そんなこと、言わないで――」
レナントゥーリオは、濡れた目で言った。
「ちゃ、ちゃんと、さ、さわって、ください――」
「わかりました」
そう言うなりアヴェリオンは、レナントゥーリオの、陰茎の下の肉襞に、そっと唇を寄せた。
「え!? ――ヒャアッ!? だ、だめですよ、そ、そんなとこ、な、なめちゃ――!!」
「どうしてですか? 指よりも、舌のほうがずっとやわらかいですよ? しかも、濡れていて滑りもいい」
「う……」
レナントゥーリオは、困ったように口をつぐみ、ややあって、アヴェリオンがまだ服を着たままなのを見て、泣き出しそうな顔をした。
「あ、あの――」
「はい、なんでしょうか?」
「あ、あの――ア、アヴェさんもあの――ふ、服、脱いで――」
「……どうして?」
「あ、あの……」
レナントゥーリオは、うるんだ瞳で、アヴェリオンの下半身を見つめた。
「そ、それ――ふ、服ごしじゃなくって、ちょ、直接、かわいがってあげたいから――」
「……なんて殺し文句だ」
言うなり、まるでそのことに世界の興亡がかかっているかのようなスピードで、服を脱ぎ去るアヴェリオン。
「……ああ……」
レナントゥーリオは、うっとりとした吐息をもらした。
「そこがそういうふうになっているのを見ると、とても、安心します……」
「安心? ……どうして?」
「だって、あの……アヴェさんが、私のことを欲しがってくださってるのが、よく、わかりますから……」
「ここを見ないとわかりませんか?」
「……ほんとはわかりますけど」
と、レナントゥーリオは、少しだけいたずらっぽく笑った。
「でも――やっぱり見たいじゃないですか。ねえ?」
「そうですか。――じゃあ」
アヴェリオンは、再びレナントゥーリオの肉襞に顔を寄せた。
「私が見たい、というのも、許して下さいますよね?」
「あ――は、はい――」
「…………や…………」
間近でしげしげと見つめられ、息がかかるのさえ、刺激と感じてしまうのだろう。レナントゥーリオが、切なげに身をよじる。
「……指」
「え?」
「指――入れても、いいですか?」
「あ……ど、どうぞ……」
「…………うわ…………」
「あ、あの、や、やっぱり何か変――?」
「……いえ。私も、その……ここをさわったのは、生まれて初めてで……」
「あ……」
レナントゥーリオは、にっこりと笑った。
「それじゃ、あの、初めてどうし、ですね」
「……そうですね」
「え? あ、あの……」
アヴェリオンの反応に、レナントゥーリオは不安げな声をあげた。
「わ、私何か、アヴェさんのお気にさわるようなことを――?」
「ああ、いえ、違います。私は、ただ、あの――じょ、上手にできるかどうか、不安で――」
「――そんな心配、しなくてもいいのに」
レナントゥーリオは、うれしそうに微笑んだ。
「あなたがしてくださることなら、私はなんでもうれしいですよ」
「そんなこと、言わないでください」
アヴェリオンは、懇願するように言った。
「そんなことを言われると――いつかあなたに、とてもひどいことをしてしまいそうで――」
「……大丈夫ですよ」
レナントゥーリオは静かに微笑んだ。
「あなたが何をしても、私はそれを、ひどいことだとは思いませんから。――それが、私に対して行われることだったら、あなたが、何をしても――」
「……怖いんですよ」
「え?」
「……とても」
「あン!」
不意に体内で指を動かされ、レナントゥーリオは高い声をあげた。
「とても――きつくて」
「……あなたが突き破ってください」
レナントゥーリオは、かすれた声でささやいた。
「あなたの体で、私の肉を突き破って――私達の赤ちゃんが、この世に生まれてくることが出来るように、道を開いてあげてください――!!」
「……レナン」
「はい」
「あなたの中に――私を、入れたい」
「――はい」
魔王の細い両腕が、勇者に向かって差し伸べられる。
「私の中に――あなたを、ください――」
「…………クククッ」
不意に、アヴェリオンは、おかしそうに笑った。
「え? ど――どうか、しましたか?」
「あなたの、尻尾」
アヴェリオンは、クスクスと笑いながら言った。
「私のことを欲しがって、こっちに来ようとクネクネしてる――」
「あ――あの――これは、あのッ!!」
と、真っ赤になるレナントゥーリオ。
「はいはい、あとでたっぷり、尻尾もかわいがってあげますからね」
と、尻尾を持って、ねっとりとなめまわすアヴェリオン。
「や――っ! そ、そこばっかり、だ、だめですってば――!!」
「そうですか、それじゃあ」
ひた、と、怒張した陰茎が、やわらかな肉色の襞に押しつけられた。
「しっかり孕んでくださいね、レナントゥーリオ」
「ええ――全部ください、アヴェリオン」
ミチ――と、肉の杭が、狭い肉の襞を割り裂いていく。
「…………あ…………」
「……ほら」
アヴェリオンの、濡れてかすれた声がレナントゥーリオの耳を穿つ。
「全部、入れば、赤ちゃん、来てくれますよ――」
「……ああ……」
レナントゥーリオの、赤い三つの瞳が、トロリととろける。
「全部、入れて――中で、いっぱい、出して――」
「……本当に、いやらしいな、あなたは、まったく」
「ごめ、なさ――で、でも――あなたが、ほし――あかちゃ、あいた、い――!!」
「……私は、ほんとは」
低い、かすかな声が、アヴェリオンの唇からもれる。
「あなたさえ、いれば――!!」
「ああッ!!」
――そして。
破瓜の血が、流れる。
「のう、ナルガしゃん」
竜人にして魔界将軍、必勝無敵、連戦無敗を誇る、ナルガルーシェの心をとらえ、恋という糸でがんじがらめに縛りあげた、次期魔王候補、オリエンヌが、ナルガルーシェのとってきてくれた、赤くやわらかい、甘い果実をカプカプとかじりながら、そのポヤポヤとした子供っぽい眉をわずかにひそめ、ナルガルーシェに問いかけた。
「魔王しゃんと、『運命の相手』との間に子供が産まれたら、ぼくの立場はどないなるんかの? やっぱりあれかの、魔王しゃんの子供に、次期魔王候補の座を、譲らんといかんかの?」
「その必要は、たぶんないと思うよ」
ナルガルーシェは肩をすくめた。竜の姿から、人型に変身した彼女は、紫色の輝く髪を腰まで伸ばした、非常に長身で、非常にスタイルのいい、美しい若い女性の姿になっている。かの、『歩く国辱』、国王ディーゲンシュトルがナルガルーシェのことを見たら、その瞬間、「おお、なんと素晴らしい上質なおっぱいちゃん!!」と叫ぶであろうことは想像に難くない。
「なあんでやあ? 魔王しゃん、子供産めるようになったんやろ?」
「うん、そうだけどね」
ナルガルーシェの金色の瞳が、フッと揺らいだ。
「でもね――人間の血が入ると、生まれてくる子供の寿命は、ずいぶんと短くなるからね――もし仮に、魔王様と、『運命の相手』とのお子様が、次期魔王の座におつきになられるとしても、その――その子はきっと、オリーちゃんがきちんと大人になって、魔王の座につけるようになるまでは、寿命が持たないと思うよ――」
「……ほぅん。なるほどの」
そう、神妙な顔でうなずいて、次期魔王候補オリエンヌは、再びカプカプと赤い実をかじりはじめた。
「…………世界のすべてを手に入れたような気分です」
「そういうこと言うのマジでやめてね!? おまえがそういうこと言うと、マジでシャレにならないんだからね!?」
目元を赤く染め、うっとりとそうつぶやく勇者アヴェリオンの言葉に、青い顔でそう叫ぶ賢者ランシエール。
「アヴェ、魔王様はどうしたのお?」
と、ニヤニヤしながら問いかける、魔女パンドリアーナ。
「ああ、レナンさんなら、寝室で休んでいます。私に寝台まで、朝ごはんを運んできてほしい、なんて言うもので、こうして朝ごはんを取りに来ました。フフッ、まったく、かわいい人ですよ」
「今私達が食ってるのは、朝飯じゃねーよ! 昼飯だよ!」
「どうだっていいじゃありませんか、そんなささいなことは」
「おまえなあ、あんまり無茶すると、あのひよひよ魔王、早晩ブッ倒れるぞ!?」
「そのあたりには、もちろん十二分に気を使います」
「今現在、あんまり使ってないように見えるんだけどな!?」
「それはあなたの気のせいです」
「豪快に『気のせい』ですませたー!?」
「……フッ」
アヴェリオンは小さく笑った。
「ランシーさん、あなたもなんだかんだ言って、あの人のことが心配なんですね」
「あア!? ありゃ、『人』じゃあねえだろうがよ!?」
「……どうでもいいことですよ、そんなことは」
アヴェリオンの口元から、笑みがかききえる。
「すみません、レナンさんに朝ごはんを持っていってあげたいので、用意してくださいますか?」
「はい、かしこまりました」
と、即答し、テキパキと様々なものを銀の盆の上に乗せていくライサンダー。子供のように小柄な彼だが、手が届かないような高いところにあるものをとる時には、自分の背中にある小さな羽でパタパタと宙を飛ぶので、雑用をこなすのには全く支障がない。
「……つーかおまえら、魔族のくせに人間とおんなじもん食ってんじゃねーよ」
と、ブツブツ毒づくランシエール。
「いや、別に、人間と違うものを食べてもいいんですけど」
と、あっけらかんと言う淫魔のラ
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