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翌日、ピノはほっぺたを膨らませて朝からご機嫌ななめだった。ローゼフが名前を呼んでもピノは反応することもなく、知らんぷりんして彼の前を通り過ぎた。
「こっちに来なさいピノ、おいで!」
彼がいくら名前を呼んでも、ピノは全く返事をせずに窓の方を見てソッポを向いた。ピノは昨日のことが余程ショックだったのか、彼なりに塞ぎ込んでいる様子だった。
――ボクはローゼフの愛がなくなったら動けなくなる。動けなくなったらローゼフとも遊べない。一緒に歩けない。一緒に手を繋げれない。一緒に笑えあえない。お喋りもできなくなる。思いも伝わらなくなる。ローゼフはまた、一人ぼっちになる。そしてボクは感情もなければ、何もない人形の姿に戻ってしまうんだ。そんなのは嫌だ……! ボクはもっとローゼフと一緒に……!
ピノは座り込んだカーペットの上から急に立ち上がるとローゼフの方にバタバタと走って行き、いきなり彼の足下にしがみついてきた。
「どうしたピノ?」
「ローゼフあのね……」
ピノはいいかけた言葉を途中でやめた。
「どうしたんだ?」
「ねえ、お外で遊ぼう! かくれんぼしようよ? いいでしょ?」
「ああ、いいなそれ。よし、では一緒にかくれんぼをするか?」
「うん!」
「よし、ならパーカスも入れよう。あいつも屋敷にこもってばっかりで、余り運動をしてないからな。この機会に運動させてやろう!」
ローゼフはピノにそう話すと、パーカスを呼んで庭で3人でかくれんぼを始めた。
「ではローゼフ様、私が鬼をやりましょう」
「あ、ボクがやるボクがやる~!」
ピノは率先して手を上げると2人はピノに鬼役を譲って隠れた。ピノは地面にしゃがむと、両手で顔を隠して数をかぞえ始めた。
「じゃあ、数えるよー。いーち、にーい、さーん、しーい……」
2人はそれぞれ近くの物陰に隠れると、合図を送った。
「もーいーよ」
「よーし、今から見つけに行くぞ~!」
ピノはしゃがみこんだ地面から立ち上がると、さっそく2人を見つけに行った。広大な庭を歩きながらピノは2人を探した。しかし、2人とも上手く隠れすぎてピノにはわからなかった。そして、あちこち歩いて2人を探したがなかなか見つからずピノはその場でグズリ始めた。パーカスはコッソリと物陰から出ると、近くに隠れているローゼフに話しかけた。
「ローゼフ様、どうやらピノがグズリ始めたようですな」
「ああ、もう降参ってところか? そろそろ出てやらないと可哀想だな……」
「そうですね。では、もっと見つけやすい場所に隠れましょう」
「ああ、そうだな――」
2人は意気投合をするとピノの近くに移動したのだった。その頃、近くで物音がするとピノは茂みから声をかけた。
「あ、ローゼフみーつけた!」
そう言って指をさすと茂みからは声が返ってこなかった。ピノは不思議そうに首を傾げると、再び茂みに向かって声をかけた。
「ローゼフみーつけた! 今度はローゼフが鬼だよ?」
ピノはそう言って無邪気に声をかけると茂みに近づいた。すると突然、茂みの奥から黒服姿の男が現れた。その瞬間、ピノは驚いて悲鳴を上げた。
「キャアアアアアアッ!!」
ピノが大きな悲鳴を上げると2人はとっさに駆けつけた。すると怪しい仮面をつけた黒服姿の男がピノの口をとっさに塞いだ。そして、その場から連れ拐おうとしていた。
「おい、待て貴様っ!!」
「ローゼフ助けてぇっ!!」
「ピノ!」
男はピノを担ぐと近くに置いていた馬に乗った。そして、馬に鞭を入れて素早く走らせた。ローゼフは目の前でピノが連れ拐われると、頭がカッとなってすぐに追いかけた。
「貴様、ピノをどうするつもりだ!? 私のドールを返せぇ―っ!!」
ローゼフが慌てて馬を追いかけていると、近くにいた馬車使いの者が騒ぎを聞きつけた。そしてとっさに馬車に繋いであったロープをほどくと彼に声をかけた。
「ローゼフ様、これを……!」
「すまんアルベルト! 馬を借りるぞ!」
彼は白い馬に颯爽と股がると、鞭を入れて直ぐに走らせた。そして、後を追いかけた。ローゼフの慌てた姿に使用人達は、何事かと騒ぎを聞きつけた。男はピノを拐うと、馬に鞭を入れ続けて逃げ切ろうとした。彼はその男のあとを懸命に追いかけた。森の奥を馬で駆け抜けるとローゼフは分かれ道を右折して近道を通って先回りした。男は気づかないで安心すると、一瞬気が緩んで馬の速度を落とした。すると突然、男の隣にローゼフが現れた。
「バカめ、油断をしたようだなっ!!」
「ローゼフ…――!」
ピノは彼に手を伸ばすと必死で助けを求めた。
「ローゼフ助けてぇ!!」
「待ってろピノ! 今すぐ助けてやる!」
男は隣に並ぶローゼフに剣を向けると、いきなり攻撃してきた。彼はとっさによけると反撃した。 鞭で手を叩くと、男は右手に持っている剣を地面に落とした。その隙に彼は再び鞭で男の顔を叩いた。男が気を緩めた隙にローゼフはピノに手を大きく差しのべて叫んだ。
「さあ、ピノ! この手につかまれ!」
「お、落とさないでよ……!?」
「お前を絶対落とすものか! さあ、来い!」
「うん……!」
ピノは勇気を出してローゼフの手を掴んだ。そして、彼は自分の腕の中にぎゅっと力強く抱き寄せた。 抱き寄せてつかの間にピノは大きな声をあげて叫んだ。
「ローゼフ前、危なーい!!」
「し、しまった……!」
目の前には断崖絶壁が一面に広がっていた。男は顔に鞭をくらって気をとられていると気がついた時には遅かった。視界には崖が辺り一面に広がっていた。そして、慌てて馬の手綱を引くが、馬は興奮した様子で止まらず、そのまま男を乗せたまま崖から勢いよく転落したのだった。
ローゼフは崖から落ちる手前で手綱を力強く引くと、馬は崖の手前で走りを止めた。あやうく彼らも崖に落ちる所だった。2人は命拾いしたと思うとそこでホッとため息をついた。ローゼフはピノが目の前で拐われて死ぬほど焦ったのか、今も緊張状態が続いていた。そして思わず腕に力が入った。
「ロ、ローゼフ苦しいよ……!」
彼はピノを強く抱き締めると、あの者が何者だったかをその場で考えた。
――ただの人拐いが、私の屋敷に来るなどとは不自然過ぎる。私には身内は一人もいないのに、何故この子を拐おうとしたんだ……? もしや何者かが、私からピノを拐えと命じたのか? そうだとしたら一体誰が…――? も、もしや……!?
彼は不意に何かを思いつくと、顔を青ざめさせて震え上がった。そして胸のうちに僅かに怒りを込み上げた。
「どうしたのローゼフ?」
ピノは心配そうに彼に尋ねるとローゼフは心配させまいと明るく振る舞った。
「さあ、帰ろう…――」
「うん……!」
ローゼフは白い馬を走らせると2人は屋敷に帰った。
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