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萌(きざ)し 2
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学校が休みの日に、雫は美風を誘って庭に出た。
雫が灯真に付き従うようになってからは、別の庭師が手入れをしていたが、
灯真の部屋やリビングに飾る花を吟味するのは雫の仕事だった。
「ほんとに、いい香り。」美風が花に顔をつけてはしゃいでいる。
「すごいですね、もともと櫂さんが全部植えたんでしょう。」
「このあたりはね。僕が来たころはあっちに植え込みがあるだけだったから。」
「可愛いなあ、これ。あっ、こっちは実がなってる。」
女の子がひとり増えるだけで、屋敷の空気ががらりとかわるんだな。
雫は微笑ましい気持ちでその様子を眺めていた。
「いたっ!」
突然美風が悲鳴をあげた。右腕を押さえてうずくまる。
「どうした?」覗き込む雫の視界に、ちらりと葉影に隠れる昆虫の姿が見えた。
「毒虫だな。刺された?見せて。」
唇をへの字に曲げて腕を差し出す。
刺し傷を確認すると、雫は胸ポケットから小さな折りたたみナイフを取り出して、
美風の腕に切っ先をほんの少し、さっとあてた。
刺し傷から新しい血が流れる。
「あっ!」目を瞑って体を縮める美風に雫は
「ごめんね。」とすばやく声をかけると、マスクを顎まで下ろし、その傷口に
唇をあてた。流れる血とともにつよく毒を吸い出す。
一度口を離して顔を背け、ぷっ、と毒まじりの血を吐き出すと、
もう一度唇をつけた。
とくん。
美風の胸が鳴った。
マスクの下の顔は、凄惨な火傷痕だった。うすうす気付いてはいたが、
こんな間近で、じっくり見るのははじめてだった。
それなのに、そのケロイドがまったく気にならなかった。
それ以上に、すぐ目の前にある、伏せた睫毛と、自分の肌に吸い付いている
唇にこころ奪われてしまっていた。
呆然と、口を半開きにして雫の顔にみとれていた美風は、
「気分悪くない?」とふいにこちらに向き直られて、あわてて俯いた。
「だいじょうぶ・・・・です。」
「あ・・・この顔。びっくりした?」
「あっ!違います!!そうじゃなくて!」
急いで顔をあげた、が恥ずかしくなってまた俯いてしまった。
雫は不思議そうな顔をしたが、
「先生に診てもらおう。」手をとったまま立ち上がって、美風も立たせる。
「ごめん。毒を出すためだけど、傷、つけちゃって。」
「あ・・・。平気です。このくらい。」まだ顔が見られない。
「痕は残らないと思うから。」
そしてぐずぐずしている美風の背中にそっと手をあてて顔を覗き込んだ。
「ほんとに大丈夫?顔がすごく赤いけど。」
「だだだだだだだだいじょうぶっ。」あわてて先に歩き出した。
「美風ちゃん?」
「平気です。こんな虫くらいでっ!」
「そう。」背後で雫は安心したように呟いた。
「灯真さんじゃな・・・・。」ぷつっと黙る。聞きとがめた。
「・・・・・・櫂さん・・・。」美風はふいっと振り返った。
「もしかして今、灯真さんじゃなくてよかった、って言いかけました?」
イタズラをみつけられた子供みたいな表情が見えた。
そしてその顔にまたしても胸がきゅ、と縮んだ。
いやだ。私いったいどうしちゃったの?
「ご、ごめん・・・あのひと、体弱くて。虫さされで3日寝込む人だったから。」
「べっ、別にいいですけど。おにいさんと違って私丈夫なんで。」
あわてて背を向けてそう言った。
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