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鬼 1
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俺は、ある言葉を思い出していた。
『こいつ、歌となると鬼になるから。頑張れよー』
「おいコラ、耳あんのか?何回言やぁわかんだ、コラ。
その耳はかざりか?あぁ?」
鬼がいます。ここに。
昨日、酒盛りが終了し、寝こける奏を指差し社長が言った一言が今理解できた。
アラーム通り11時に起きた俺。
リビングに降りるとすでに奏は起きていて、ソファに座り新聞を読んでいた。
「おはよ、奏」
「おぅ、はよー。寝れたか?」
「うん。ベッドがすげぇ寝心地良かった」
「そりゃ良かった」
奏も30分ほど前に起きたばかりらしく、朝ご飯件昼ご飯を俺が作った。
「料理できたんだな」
「まぁ一人暮らしだったし。モデルたるもの、体型維持のために食事に気を使ってるし」
「エラいエラい」
そう言ってニコリと笑ったその顔に、ドキリとした。
食べ終わり少し休憩してから、地下にあるというレコーディングスタジオへ案内される。
「うわ…すげぇ」
部屋の中は機械がいっぱい並び、ガラス板を挟んだ向こうにはマイクやらヘッドホンやらが置いてあった。
「ここで歌撮りな」
「中、広っ。楽器が沢山ある…」
ガラスの中を覗くと、ギターやベース、ドラムなどや他にも色んな楽器が綺麗に並べてあった。
「ここで音も撮るからなぁ」
そしてもうひとつあったドアを開け中に入る奏に続く。
そこは、だだっ広い空間だった。
真っ白な壁の中、真ん中に黒いグランドピアノが置かれているだけのシンプルな部屋。
「ここは俺の仕事場。1日の大半をここで過ごしたりするな」
なんと部屋にあるもうひとつのドアの向こうには、トイレとバスルーム、寝室まで完備しているらしい。
完全に仕事モードになったらなかなかここから出てこないらしく、生活できるようにしたのだそう。
「ここで特訓だ。覚悟しろよ?」
ニヤリ、と笑った。
「あーもう、バカだバカ。肺に頼るな!腹で息しろ!
できねーんなら、いっそ息止めちまえ!」
…怖いです、奏さん。息止めんのはカンベンしてください。
いざ特訓に入ると、奏の顔つきは変わり、言葉がより一層荒くなった。
「ほら、もう1回!」
自分では腹から声を出しているつもりで、奏のピアノに合わせて声を出す。
「ちっがーう!
あーもう。いいか?今のお前の声は細いんだよ。
んな細っちいしょぼっくれた声じゃ誰の耳にも届かねっつの!」
「う…すいません…」
何度やっても出来ない自分に、だんだん歯痒くなってくる。
「あー、もうしゃーねぇな。いいか?聞いとけよ?これが今のお前」
と有名な外国の歌をワンフレーズ歌う。耳に心地いいアルトな声が部屋に流れた。
うわ、上手い。今のお前とか言われたけど、比べもんになんないし
。
「んで、俺が言いたいのは、こう」
そう言って歌った瞬間──。
う、わ…。
同じ歌のはず。だけど耳に届く重さが違う。
体の芯まで入り込んでくる、そんな感じがする。
「わかったか?」
俺はコクコクと頷く。
「んじゃ、もう1回」
「今日はこれで終わり」
壁にかかる時計を見ると、夕方の6時半を過ぎていた。
結局、最後までダメ出しで終わってしまった。
うつむく俺に、奏が首を傾げる。
俺より20センチ以上低い奏から見れば、うつむいたところで顔は丸見えだ。
「どうした?」
「いや…俺、全然駄目だったなって…」
すると、奏はケラケラと笑う。
「いや、当たり前だし。
素人のお前がそう安々と上手くなるワケねーだろ?」
「いや、でも、奏めちゃくちゃ怒ってたし…」
「あー、ありゃ癖だ。気にすんな」
「へ?」
「ま、とりあえずお前もとはいい声してんだ。自信持て。な?」
そう言って、さっきまでの鬼気迫る顔とは対称的な優しい顔で笑う。
俺は、奏からの言葉に、嬉しくなった。
「…頑張る」
「おー、頑張れ」
奏と地下から1階に上がると、リビングに高遠さんがいた。
パソコンに向かって何やら作業をしている。
「お疲れ、篤。鬼だったろ?奏は」
何と答えればいいのやら。
「くだんねー事言ってんな。いつ来たんだよ?」
奏がジロリと高遠さんを睨み、キッチンへ入っていく。
「1時間ぐらい前かな。あ、奏。飯俺のも作って」
「へいへい。ほら、篤。これ飲んどけ」
と、渡されたのは生姜の香りがほのかに漂う飲み物。
再びキッチンへ行く奏の後ろ姿と、渡されたカップを交互に見る。
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