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鬼 2
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「ハチミツジンジャーティー」
高遠さんがパソコンをいじりながら、一言。
「素人は声の出し方が上手くないから、喉痛めるんだよ。それ、喉にいいんだ」
そうなんだ…。
コクコク…と飲む。
熱すぎることもなく少しあったかいそれは、とてもおいしかった。
すべて飲み干した俺はカップをキッチンに持っていく。
「ありがと、奏。手伝う」
「ん」
材料を見ると、今日はハンバーグみたいだ。
付け合わせはポテトサラダにほうれん草のソテーか。
「じゃあポテサラ作ってくね」
「頼んだ」
二人並んでも十分広さがあるキッチン。
俺と奏はテキパキと作業を進めていく。
1時間もかからないうちに出来上がり、炊けたご飯をお茶碗によそいテーブルに置いていく。
「肇ー。できたぞ」
「んー」
みんなが揃ったところで、食べはじめる。
「お、チーズ出てきた。うまっ」
「それ、篤の発案」
「我が家ではチーズは定番だったんですよ」
会話をしながら、楽しくご飯を食べる。
やっぱり誰かと食べるご飯は美味しい。
一人暮らしをしていたときは、テレビからの音だけだったからなー。
「で?どうだった?奏の初指導は」
高遠さんと二人、ソファに座りながらコーヒーを飲んでいる。
奏は風呂に行った。
…少し。少しだけ、今日は一緒に入らないのか、と残念に思う自分がいた。
「あー…、怖かったっす」
俺のその言葉にハハッと笑う高遠さん。
「アイツ、音楽のことになると厳しいからなぁ」
「まぁ厳しいのは全然いいんですけどね。素人だし、ダメダメだし」
コーヒーを一口飲む。
ミルクと砂糖を入れたため、口の中にほんわりと甘味が広がる。
「なに。落ち込んでんのか?」
俺とは違い、ブラックコーヒーを飲む高遠さん。
大人だなあと感じる。
「落ち込んでるというか…奏が厳しいのも、俺があまりにふがいないせいだし…」
わずか一日。
たった一日、指導を受けただけだけど。
¨歌う¨ことが、人に¨聴かせる¨ことが、こんなにも難しいんだ、と思った。
すると、高遠さんはクックックっとおかしそうに笑う。
「…笑わないでくださいよ」
「いや、悪い悪い。落ち込む篤に良いこと教えてやるよ」
奏の鬼指導も笑顔で耐えれるぞ、高遠さんはそう続けた。
初指導の日から2週間。
仕事の合間をぬって、指導を受ける日々。
「だぁから、声が細ぇ!
あーもう、言ったこと理解できねぇんなら、人間やめちまえ」
今日も奏の鬼っぷりはハンパないです。
人間やめろとまで言われました。
でも…。
「ごめんなさい。頑張るから」
「…おう」
俺は目を閉じ、奏に繰り返し繰り返し言われた事を頭の中で整理する。
そして、高遠さんの言葉を思い出した。
『奏は、気に入れば気に入るだけ鬼っぷりが増すんだ。期待値が高い分だけ、厳しくなる。
お前は奏に¨気に入られて¨て、¨期待¨されてんだよ。頑張れ』
俺は嬉しくて嬉しくて、風呂から上がってきた奏をまともに見れないぐらいだった。
奏に幻滅されないために。
俺は頑張るんだ。
思い切って、──奏を想って、声を出す。
すると──。
「──っ!やればできんじゃん!すげぇ、すげぇ!」
特訓中、初めて奏が笑った。
あの、心臓に悪い笑顔で、笑った。
すげぇ嬉しい。
俺はなぜだか、少しだけ泣きたくなった。
「──今、誰かを想いながら声出した?」
奏が唐突に聞いてきた。
「え、なんで…?」
見透かされたようでドキリとした。
まさに俺は、奏を想っていたから。
一昔前の、有名なラブソングのワンフレーズ。
奏を想いながら、歌った。
「いや、突然感情がこもったから。そうかなって」
「え?」
「歌い方だって上手い、下手があるけどな。最後はやっぱり¨想い¨だから。
想いのこもった歌は、響くもんだよ」
まぁ今は想いうんぬんより、基本的な歌い方を指導してたつもりなんだけどな、と続けた。
「あ、ゴメン…」
「いや?悪いことじゃねーよ。
基本が出来たら、次は誰かを想って歌え、って言うつもりだったから。
それに今、ちゃんと基本も出来てた」
その調子で、想って歌え
と奏は笑顔で言った。
笑顔のはずなのに。
奏の笑顔は俺の心臓をなぜだか揺さぶるはずなのに。
さっきの奏の笑顔に、俺の心臓はチクリと痛んだ。
──寂しそうな、笑顔だったから。
でもそれは一瞬で。
そのあとはいつも通り、指導の鬼と化した奏にこってりとしぼられた俺。
一瞬だけ見せた奏の寂しそうな笑顔は、俺の頭の中からすっかり抜け落ちていた。
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