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歌
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毎日暑い日が続くなか、映画の撮影も順調に進み、もう半分以上撮り終わった。
「お疲れ様、日野くん」
「梁瀬さん、お疲れ様です」
颯爽と歩き、先に現場を後にする梁瀬さんの後ろ姿を目で追う。
撮影日が同じになったときは、やっぱりどうしても気にしてしまう。
演技はもちろん、存在感や重み、仕草。
すべてにおいてかないっこない。
男から見ても、憧れる存在。
だけど。
だからなんだ。
それに呑まれちゃダメだ。
変に反骨精神?みたいなものが湧き上がり、負けてちゃいられない、と思い演技に身が入る。
役を通して奏を想い、ぶつけていく。
すると、監督や演技指導の人に、演技に深みが増してきたんじゃないか?と言われた。
すごく、嬉しかった。
そして、奏のレッスンもいよいよ佳境。
「歌詞は覚えたか?」
「バッチリ」
「うし。息継ぎに気をつけろよ。それから……まぁ、好きに歌え。
んじゃいくぞー」
奏の手によって、優しいメロディーが奏でられていく。
……ちょっと、緊張する……。
俺は今日初めて、奏が作ってくれた歌を唄う。
奏が綴った歌詞が一字一句、頭に浮かぶ。
何度も。何度も。
繰り返し詠んだ、詞。
ねぇ、奏。
もしかしたら、俺はあの日出会った本屋で。
すでにあなたに、惹かれていたのかもしれない。
自分でも驚くぐらい、すんなりと奏が好きだと思った。
好きになればなるほど、奏を知りたいと思った。
俺を、好きになってほしいって思った。
奏を想うと、胸の奥がいろんな感情を伝えてくる。
嬉しくて、辛くて、切なくて、あたたかくて。
俺はまだ自分に自信がなくて。
奏に気持ちを伝える勇気もなくて。
”商品”である自分がはがゆくて。
言葉の代わりに、俺の”好き”が……唄にのって奏に届けばいいのに。
そんなことを願いながら。
ひとつひとつの言葉を。
メロディーにのせて。
『僕は紡ぐ
せいいっぱいの言葉で
そうこれはきみにおくる
こいのうた』
俺は、唄った。
「……───こいのうた…」
最後まで、俺なりに気持ちを込めて、唄った。
そして奏が奏でるピアノの最後の一音が部屋に響き渡り、やがて消えた。
俺は椅子に座る奏を見下ろす。
奏は鍵盤に手を置いたまま、動かない。
え、なんかマズかった……?
何の反応もないので、小さな不安が生まれる。
「あの、奏……?」
声をかけると、ピクリと反応した奏はゆっくりと腕を下に下ろし、そして俺を見上げた。
え……?
奏の瞳に、戸惑う。
「奏…?」
奏はゆっくりとまばたきをすると、再び目を開けにっかりと笑った。
「すげーな、篤!正直ビックリした!」
立ち上がり、両手を目一杯伸ばしてきて俺の頭をぐしゃぐしゃぐしゃ!とかき混ぜた。
「え、ちょ、」
「いやー、作った俺が言うのもなんだけど。お前の唄に心が揺さぶられたぜ」
ビックリビックリ。
なんて言いながら、再び椅子に座る奏。
揺さぶられた……?
「……うん、すげー気持ち伝わった。お前、好きな奴いるんだな」
疑問系じゃなく、断定。
奏の言葉にドキリとする。
「な、なんで?」
うわ、ちょっとどもった。
そんな俺を見てニタリと笑った奏。
「伊達にラブソング作ってねーよ!」
そりゃさ、伝わればいいなと想いを込めたけどさ。
え、なに。だだ漏れ?
「どんな人なんだ?カワイイ?」
「う、いや、その」
「なんだよ、教えろよ!年は?何してる子?」
質問を次々と投げかけられて、俺は戸惑う。
ど、どどどうしよう。
言った方がいいの?
カワイイよ!
30歳だよ!
作詞兼作曲家だよ!
っつかあんただよ!って。
いや、無理。
この状況で伝えらんない。
戸惑う俺を見て、奏はじぃっと俺を見上げてきた。
「悪い。からかいすぎたか」
ふっと笑った奏は立ち上がり、飲み物取ってくるー、と奥の部屋へ消えていった。
「っ、はぁぁぁ………」
盛大なため息が漏れた。
奏が消えた部屋の扉をチラリと見る。
あー、焦った。
……それにしても、何だったんだろう?
一瞬だけ奏の瞳に浮かんだもの。
哀しさ……切なさ……?
忘れていたけど、前にも確か、見たことがある気がする。
あれは、確か……そう。
俺が初めて奏を思って、ワンフレーズ歌を唄ったときだ。
あの時と、同じ……?
なんでだろう。
何か、切ない思い出でも、あるのかな。
だったら、俺が取り除いてやりたいな。
「ほら、篤も飲め」
ペットボトルのミネラルウォーターを差し出す奏。
「ありがと」
「んー、じゃ次は細かい部分をやってくか。
歌い出しはおっけー。サビの部分だけど───……」
その後は、ひたすら”こいのうた”を唄った。
奏は、お得意の鬼指導……じゃなくて、ひたすら優しかった。
鬼じゃないね、なんてつい零れてしまった俺。
奏は、だってほぼ完璧だしな!と言って笑った。
俺は奏の期待に応えられている気がして、嬉しかった。
ねぇ、奏。
歌から想いを感じとってくれて、ありがとう。
でも今の俺じゃ、まだ言えないから。
歌が全部完成して、奏の”商品”じゃなくなったら。
その時、俺のありったけの想いを告げるから。
ちゃんと聞いてね、奏。
そんな事を思いながら、奏の伴奏に合わせて歌い続けた。
この時。
ちっぽけなプライドや見栄なんか殴り捨てて。
かっこつけてなんかいないで。
想いをぶつけてしまえば良かったと、後悔する日が来るなんて。
自分に酔っていた俺は、ちっとも気づかずにいたんだ───……。
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