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牽制 2
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今日の分の撮影が終了し、3日間お世話にやる旅館へと帰ってきた。
「篤、俺風呂入ってくるな。お前は?」
部屋数が限られているらしく、橋本さんとは相部屋だ。
ってか、一人とかもったいないし、相部屋で全然オッケー。
「あ~、ちょっとやることあるんで後から入ります」
橋本さんが部屋から出るのを見届けて、俺は鞄から携帯を取り出した。
画面には着信5件、メール22通。
「わぉ」
朝から放置していた携帯。
思ったよりも連絡が溜まってた。
俺は雑誌でも演技でも、一度撮影に入ると携帯を一切見ない。
たとえ休憩時間になったとしても。
移動中か、仕事が終わってから見る。
仕事中だからっていう理由は大前提。
オンオフはきちっとしたい。
あと、俺が休憩している間もスタッフさんたちはせわしなく動いているわけで、携帯をいじる暇があるなら、仕草や表情を考えたり、役の心情を考えたりして、少しでもイイモノを残すことに費やしたい。
着信は父さんと一番上のにーちゃんが2件ずつ、もう1件は社長。
メールはチェーンメールに高校の友達や、これまた父さん、にーちゃん二人、ねーちゃん二人、それから…奏。
奏の名前に思わず顔がにやけた。
友達は暇できたら遊ぼうとか、映画頑張ってるかとかそんなの。
家族からは、みんな同じ内容で次はいつ帰ってくるか。
たぶん電話もそんな内容だろう。
そして奏からは……
「”撮影、頑張れよ。お前なら、きっといい演技が出来る”か……」
顔が綻ぶ。
あ、先に社長に連絡しなきゃ。仕事かな?
「あ、社長?お疲れ様です。すいません、遅くなりました」
『いや、撮影終わったか?』
「はい、今日の分は」
『そうか。お疲れさん。で、だな。篤。
……喜べ。イメージモデル、お前に決定したぞ!』
社長の言葉に、少し固まる。
「……え、あの、イメージモデルって、まさか……」
『そ!お前が切望したリスキーの香水!新作のモデルはお前だぞ!』
え、マジで!!
「えぇっ!嘘、ドッキリとかじゃないっすよね!?」
『マジマジ!お前に一番に報告してやろーと思ってな。
橋本にも報告しとけー。頑張れよー!』
「はいっ!」
用事はそんだけ、と電話を切った社長。
うわ、どうしよう、マジ嬉しい!
risky─リスキー─
中高生から社会人まで幅広い層から圧倒的人気の、香水ブランド。
俺も高校からこのブランドの香水を愛用していた。もちろん、今も。
モデルになったときも、リスキーのモデルをやりたいってのが夢だった。
それが、やっと……!
俺は携帯を見つめる。
友達、家族……報告したい人たち。
んーーー……………ごめん!みんな!父さん、にーちゃん、ねーちゃん!
先に、奏と話させて!
はやる気持ちを抑えきれずに、奏の番号を出し通話のボタンを押す。
しばらく呼び出し音が鳴ったあと、耳元で奏の声が響いた。
『もしもし?篤?』
「聞いて!奏!リスキーのモデル決まった!」
嬉しさのあまり開口一番、そう叫んでしまった。
あ、いきなりすぎた……。
「えっ、マジで!?やったじゃん、篤!おめでとーっ!!」
奏は俺の勢いに、さらに勢いをつけて返してくれた。
何度もおめでとう、良かったなと言われ、嬉しくてしょーがない。
「最近俺嬉しいことばかりだ。演技でも褒められたし…」
『撮影は順調か?』
「うん。頑張ってるよ」
奏の事想いながらね、なんて心の中でつぶやく。
『そうか。あ、篤。お前が帰ってきてこっちでの撮影が落ち着いたら、レコーディングだかんな』
「え!」
『もう教える事ねーし。それに言われたんだよ。先に歌を配信するから、早めにって』
「そうなんだ……、うわ、なんか緊張する」
『いや、早すぎだし。今は撮影のこと考えろよ』
クツクツと喉の奥で笑う奏。
「…うん」
『ま、大丈夫だろ。お前なら』
「…なんすかその当の本人の俺よりも自身たっぷり発言は」
『お前を信じてるだけだよ』
……っ。
ちょ、なんなんだ。
俺にとっちゃ殺し文句ですよ、奏さん。
そんなこと言われたら舞い上がっちゃうよ、俺。
あーーもう。
明日も早いだろ、と話を切り上げる奏。
もうちょっと話してたいけど…明日早いのは本当だし。
寝不足になるわけにはいかないし。
「おやすみ、奏」
『はいよ、オヤスミ。頑張れよー』
通話が切れた携帯を眺める。
「信じてる…か。ありがとう、奏」
その後父さんに電話をかけると、やっぱり次いつ帰るかってゆー話で。
まだスケジュールいっぱい詰まってるから、落ち着いたら連絡するよって告げて電話を切る。
にーちゃん二人は家にいたらしく、伝えとくって言ってくれたし、ねーちゃん二人にはメール送るか。
父さんに言ったことと同じ内容のメールを送り終わると、橋本さんが帰ってきた。
「篤、そろそろ風呂入って寝ろ――」
「橋本さん!リスキー、俺に決まった!」
言葉を遮ってそう言うと、橋本さんは一瞬固まり、そしてすごい勢いで俺の肩を叩いた。
「まじか!!やったな!」
喜んでくれる橋本さん。
「頑張れ」
「うん」
ひとしきり喜びを分かち合った後、友達に『今頑張って撮影中!暇できたら連絡するなー。』と一斉送信。
さて、風呂入ってこよ!
「露天あったぞ。浸かって疲れ取ってこい」
「わ、露天!いってきまーす」
眺めのいい露天風呂で疲れを癒して、ふかふかの布団で寝て。
そして翌朝。
早朝から慌ただしく動くスタッフたち。
俺達はスタンバイして待つ。
ぐるっと周りを見回していると、視界に入ってきたのは、今日から撮影に合流する梁瀬さん。
「あ、梁瀬さんだー。ほんとかっこいいー」
隣に立つ美咲ちゃんがほぅ…とため息をもらす。
「美咲ちゃん、梁瀬さんのファン?」
「えへ、実は。共演って聞いて舞い上がっちゃったもん。
あ、役に入ったらちゃんと“朔”を見るからねー?」
「アハハ。よろしくね」
撮影が始まり、俺は“朔”になっていく。
美咲ちゃんも今は“美羽”だ。
「いったん休憩入ります!」
スタッフの掛け声に、場の空気が緩む。
「篤、水分補給」
「あ、はい」
街に比べてここはマシな方だと言っても、やっぱり夏は夏。
七月も終わりに近づき、夏本番。
映画の中の季節は秋となっているので、長袖にジャケット。
暑さ倍増だ。
それでも役者はみんな顔に汗はかいていない。
かく言う俺も。
ま、体の中はすげーことになってるけどねー。
けど、ホント暑いーー。
橋本さんが持ってきてくれたスポーツドリンクをグビグビっと飲み干す。
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