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レコーディング 1
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ハッキリ言って、泊まり込み撮影の三日目は、ボロボロだった。
梁瀬さんが気になって、気になって……”朔”になれなかった。
幸いだったのは、俺のほとんどのシーンは一日目、二日目に撮り終わっていたこと。
だからと言って、上の空になってしまったことに、激しい自己嫌悪。
予定されていた分の撮影は終了し、三日目の深夜に奏の家に帰ってきた。
奏は寝てるみたいで、静まり返ったリビングで、俺はひとり気持ちを切り替えようと自分のナカにある負の感情と戦ったんだ。
「奏、一週間後の月曜なら、午後からスケジュール開くよ」
「そうか。ならその日にレコーディングだな。
気合い入れて歌えよー!期待してっから」
「ちょ、プレッシャーかけないでよ」
「ハハッ」
映画の撮影や雑誌の撮影、舞い込んだリスキーのイメージモデルの打ち合わせ。
泊まり込みでの撮影から帰ってきて10日。
忙しい毎日を送っていた俺は、久々に奏と一緒に晩ご飯を食べていた。
「お前と飯食うの久々だなー」
「そうだね」
「……疲れてるか?」
「へ?」
気遣うような口調に、お茶碗から顔を上げる。
「いや、なんとなく。なんか元気ないから」
「……そーだなぁ。ここまで毎日スケジュールが詰まったのは初めてだから」
ここ最近、雑誌社の仕事が増えた。
まぁきっと、事務所から映画の宣伝のために俺を載せてくださいってお願いした部分もあるんだろうけど。
だから俺ひとりのときもあれば、美咲ちゃんと一緒のときもある。
専属モデルをしている雑誌は秋冬物の撮影がピークだし、その他にもCMなんかの仕事も入ってきた。
撮影、打ち合わせ、移動。
ホント、分刻みで動いている感じだ。
だけど…きっとそれじゃない。
体力には自身があるし。
でも俺は“疲れてる”ということにした。
理由を、奏に悟られたくない。
切り替えるつもりでいたのに、梁瀬さんとの関係をグダグダ考えているなんて。
もう、連絡はとったのかな。
もう、会ったのかな。
…やっぱり、まだ好きなのかな。
そんなことばかり考えてしまう。
「無理すんなよ」
「うん。ありがと」
心配をしてくれる奏。
少し、胸がイタイ。
こんな調子で、俺は“こいのうた”を歌えるのかな……。
それからは、帰りは深夜、朝もろくに会話出来ずに一週間が過ぎていった。
奏も新しい仕事が入ったみたいで、地下にあるスタジオにこもっていた。
そしていよいよ月曜日。
レコーディング当日。
午前中にあった仕事を終わらせて帰宅すると、リビングのテーブルに一枚のメモ。
『飯食ったら、地下に来いよー』
キッチンに、オムライスと野菜スープが置かれてあった。
「いただきます」
食べ終えて地下に行くと、ピアノの伴奏が聞こえてくる。
えっと…何だっけコレ。
めちゃくちゃ聞いたことあんのに、曲名が思い出せないぞ……と頭をひねっていると、ピアノの音が止んだ。
「なーに突っ立ってんだよ」
「いや、なんて曲だっけって考えてた」
「あぁ。“カノン”だよ」
そうそう!カノン!ピアノだけだと雰囲気変わる。
「キレイなメロディだね」
「だろ?好きなんだ。集中する前に必ず弾く」
奏は俺を手招きして、自分の横の床を指差した。
俺は奏のところまで行き、横に立つ。
「声だしするぞ。音階に合わせてけ」
奏が弾くピアノの音に合わせて、あーーと声を出していく。
「よーし。しっかり声出てるな。隣行くぞー」
レコーディングスタジオに入り、奏はいろんな機会が置かれてるとこに立ち、俺をブースの中に入るように促す。
上から下げられたマイクの前に立ち、ガラス越しに奏を見る。
な、なんかいよいよって感じ……。
思わず唾をゴクンと飲みこむ。
「ヘッドホンつけろー。曲流れてくるから。頑張れよ」
ブース内に、奏の声が響いた。
置かれてあったヘッドホンをかけ、奏を見る。
奏は指を三本たてた。
3…2…1……
ヘッドホンから、流れてくるメロディ。
深く深呼吸して、息を吸い込んだ。
「“君を一目見たあの日 僕は君を好きになった―――……”」
あれ。なんだろう。おかしいな。
全然、気持ちが入らない。
―――うまく、歌えない。
なんだか奏を見れなくて。
俺の視線は、ずっと下を向いていた。
途中、ストップをかけられることもなく、最後まで歌い終わった。
スタジオ内に静けさが訪れる。
ヘッドホンをはずし、そっと奏を見た。
奏はじっと俺を見ていた。
そしてゆっくりと瞬きをすると、髪の毛をクシャリとかき上げる。
「篤。」
「…ハイ」
「今の、満足か?」
奏の言葉に、俺は答えることが出来ない。
「そうだな、ブレスは完璧、声の出し方も問題ない。抑揚もつけられてたし、完璧だったよ。
――“歌い方”は」
そこでいったん言葉を区切った奏は、真っ直ぐに俺を見据えた。
「俺が何を言いたいのか、お前が一番分かってるよな?」
俺はコクリと頷く。
「ちょっとこっち来い」
怒られるかな…。
俺はブースから出て、奏の前に行く。
「…どうした?なんかあったか?
お前、あん時はすげー気持ち込めて歌ってたじゃねーか」
怒るわけでもなく、奏は優しく問いかけてきた。
「…好きな奴と、なんかあったか?」
「…ううん。なんもないよ」
好きな人とはなんにもない。
「じゃあどうした」
どうしよう。
理由を言えば、それは奏に想いを伝えることになっちゃう。
言うか、言わないか…迷っていると、辺りに着信音が響いた。
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