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レコーディング 2
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「…わり、俺だ」
奏はテーブルに置いてあった携帯を取ると、画面を見つめる。
そして奏は電話に出ることなく、再び携帯をテーブルに置いた。
「…出ないの?」
「ん?あぁ、いい」
まだ鳴り続けている携帯。
もしかして…電話の相手って…
「…梁瀬、さん…」
「あ?…やなせって…龍一か?」
うわ、しまった。思わず口から出ちゃった。どうしよ!
「…なんで今龍一の名前が出てくんだよ」
じーーっと見られ、焦る。
「いや、その、えっと…」
どうしよう。
……今、聞くチャンスかな。奏が、今どう思ってるのか。
「梁瀬さんが言ってたから…。奏が電話に出てくれないって」
「は?」
「ロケ中に、聞いたんだ。その…昔、付き合ってたって…」
そう言うと、奏は苦々し気に舌打ちをした。
「アイツ…余計なこと」
「付き合ってたの?」
「…まぁ、昔な。今は全然関係ねーよ」
「あの、さ。
梁瀬さんが、電話を無視されてるから…その、奏に出るように言って欲しいって」
「はぁ?なに、お前にそんなこと言ったの?」
不快感をあらわにする奏。
そして思い至ったかのようにあぁ!と声を上げた。
「アイツか!最近同じ番号からよくかかってくんのは!」
顔をしかめ、心底嫌そうに顔を歪める。
「…番号、登録してないの?」
「あ?んなもんしてあるかよ。とっくに消えてるっつの。別れてもう三年だぜ?」
あーウザ。
そー言って頭をガリガリ掻く。
えっと…これってまったく…
「…未練、とか…ないの?」
そう言うと、俺を見て固まった奏。
「はあぁぁぁ??」
次には何言ってんの?みたいな驚きの声を上げた。
「あるかよ、あるわけねーだろ。だいたい、こっちから振ったんだっつの」
「梁瀬さんがさ、別れたのは、自分が仕事にかまけて奏をほったらかしにしたからって…」
「は?何言ってんの、アイツ。むしろ仕事しろよって愛想つかしたんだけど。
自分はビップ扱いだから、とかいって平気で遅刻したり、仕事選り好みしたりさ。
そんなとこにウンザリしたんだよ」
…なんか、事実が全然違うんですけど。
俺、梁瀬さんに踊らされてた…?
「あーウザ。マジウザイ」
奏の表情から察するに、本気で嫌がってるっぽい。
未練なんて、これっぽっちもなさそうだ。
なんだ。
バカじゃん、俺。気にしてさ。
「また何か言ってきたら、流しとけ。馬鹿が何か言ってんなーってな感じで」
「…仮にも元カレに…」
心に余裕が出来たからか、ちょっと、ほんのちょっとだけ同情…。
「あん時の俺は頭が悪かったんだよ。なんでアイツと付き合ったんだか…。
過去に戻れるなら消し去りてぇ」
「…そこまでっすか」
梁瀬さんと奏の温度差が激しすぎて、逆に笑える。
「また電話かかってきたらどーすんの?」
「無視無視。俺、登録してある奴以外の電話って出ねーし。
変に拒否しても、アイツなんか付け上がりそうだし」
「あー…」
ちょっと納得。
なんか、奏はいつまでも自分のことが好きとか思ってそうだったし。
いきなり拒否とかしたら、自分のこと意識してるから…とか考えたりして。
「あ、そいや、梁瀬さんって奏の仕事のこと知ってるの?恋人だったんなら、知ってた?
どうやって奏と知り合ったのか聞かれて、一応適当にごまかしたんだけど」
「いや、言ってねー。適当にごまかしてたから」
そっか。知らなかったんだ。
ごまかしてよかった。
「あーもう、アイツの話は終了!忘れた、忘れた。今は、レコーディング!」
そうだ、レコーディング。
さっきは、歌と気持ちがうまくかみ合わなかったから……でも、今なら。
「さっきは、ゴメン。その…ちょっと、気持ちが焦っちゃって」
俺は奏をまっすぐ見る。
「気持ち、落ち着いたから。だから、歌わせて、奏」
奏はその左右違う大きな瞳で俺を…俺の瞳を見た。
そして、ふっ…と微笑む。
「わかった。ほら、入れ」
「うん」
俺は再びブースの中に入る。
ヘッドホンを耳にかけ、奏を見た。
俺って、なんて単純なんだろう。
自分でも少し呆れる。
奏が未練も気持ちもサッパリないことを知って、あっけなく心が浮上した。
梁瀬さんがまだ奏を好きとかは、どーでもよくて。
俺は、奏の心にあの人がいるかもしれないっていうことが、イヤだったんだ。
梁瀬さんの方にだけ、奏に未練がある。
だったら、負けないから。
ニッと笑った奏は、さっきと同じように指でカウントを始める。
3、2、1……
流れ出す、音。
俺は目を閉じて、想う。
好き。好き。好き。
奏が、好きだよ。
奏の心に、少しでも、俺が入りこめますように。
想いが溢れ、満ちていく。
そして、その想いが、歌になっていく。
気持ちが重なる。
すげー……心地いい。
歌い終わって、俺は深く息をはいた。
自分の中に高揚感が漂う中、俺は奏を見た。そして、動揺する。
「…え?」
奏…?
奏の、キレイな瞳から、ぽろり、ぽろりと――涙がこぼれていた。
奏はハッ気がついたように手で涙をぬぐい、そして満面の笑みを見せた。
クイクイッと手招きをしたので、俺はヘッドホンを外し、ブースから出る。
「奏…?あの、」
「うん、わり。あー…不覚。はぁ」
「えっと…」
「いやー、今までで一番良かった。文句なし、最高すぎて泣けた」
奏は俺を見上げる。
「お前に曲作ってよかったよ。めちゃめちゃそー想う」
そう言って、すごく優しい顔して笑った。
「……っ!」
その言葉が嬉しくて、その笑顔が可愛くて。
心臓が忙しいよ、奏。
「…俺こそ、こんな素敵な歌、ありがと。俺、この歌大好きだよ」
「…そっか。サンキュ」
こうして、人生初のレコーディングは、終了した。
それからの俺は嬉しくて、浮かれてて。
早く奏に気持ちを伝えたくて、毎日胸がいっぱいだった。
自分の気持ちを追いかけるばかりで。
全然気がつかなかったんだ。
急に変わった、奏の、俺への視線に。
──思いつめた、表情に。
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