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クランクアップ
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映画の撮影もいよいよ終盤に差し掛かった。
今日は、“美羽”と“朔”が最期に心を通わすシーンの撮影。
気持ちが通じ合ってから、毎日を大切に過ごしてきた二人。
もしかしたら、このままずっとずっと一緒に過ごせるんじゃないか…と夢を抱いていた。
だけど確実に病魔は“美羽”の命を削っていった。
本当に、あっけないほど人の命は終わる。
儚い、もの。
病室内、“美羽”はベッドに横たわり、窓の向こうに広がる空を見上げる。
“朔”は“美羽”の手を握り、そして同じように空を見上げた。
雲ひとつない、綺麗なスカイブルーの空に、飛行機雲が一筋伸びていく。
『…ねぇ、朔。わたし、朔に出会えて幸せだったよ…』
『…なんで過去形なんだよ。今も、幸せだろ?明日も、明後日も、ずっと』
『…ずっと、なんて。死んじゃうのに』
『死なないよ』
“美羽”の視線は空から“朔”へと移動する。
『いいこと教えてやる。人はいつ死ぬのか。…忘れられたとき、なんだって。
美羽は、美羽の家族の心の中に、友達の中に、そして…俺の中に生き続ける。
だから、死なせてやんねーよ』
『…なにそれ、』
『俺が、ずっと覚えてる』
『ばか、朔はちゃんと次の恋をするのっ…!わたしなんて…』
『たとえ次の恋をしたとしても。俺は忘れない。
美羽と過ごした日々を。美羽と交わした言葉を。美羽の笑顔を。
美羽が…必死に生きたことを』
“美羽”の瞳から、幾筋もの滴が、おちていく。
『さくっ…さ、く…!』
『美羽。大好きだ』
『ふ、ぅ…、わた、しも…好きっ…!』
“朔”と“美羽”のシルエットが…そっと重なった。
「はい、カット!」
監督の声が上がり、ざわざわと辺りが騒がしくなる。
「チェック入ります」
カメラチェックのため、モニターの場所へ歩み寄る。
「うん。おっけ!二人とも、切なさのなか想いが溢れる感じがいいよ」
監督は立ち上がり、俺を見た。
「“朔”を君に抜擢して良かった。ありがとう。
そして…お疲れ様!」
「「「せーのっ!アツシくん、クランクアップです!
お疲れさまでしたーー!!」」」
周りのスタッフ、出演者から一斉に声が上がる、と同時にどこから出してきたのか、大きな花束を渡された。
へ?
え?
うわ…っ!
驚きに少しテンパって、慌ててしまう。
まだ映画は全部のシーンは撮り終わっていないけど、俺のシーンの撮影はこの日で終わりだった。
次々に、おつかれ、ありがとう、また一緒に仕事したいね、なんて言ってきてくれる他の出演者の方々、スタッフの皆さん。
やり遂げた達成感、みんなの言葉。
嬉しくて、思わず泣きそうになってしまう。
「すごい嬉しいです!本当にありがとうございました!」
ホントに、泣きそう。
「今日クランクアップだったな。お疲れさん」
事務所に寄ると、社長が呼んでるよ、と言われ社長室へ行くとそう声をかけてくれた。
「ありがとうございます。
初めてで戸惑うこともありましたけど、俺…すごい楽しかったです」
「そうか。
あ、そうそう。お前に新しい仕事だ。ミュージック・フェスタ出演決定したからな」
「へ?」
「10月の一週目。気合い入れて歌えよー」
「ちょ、ええっ!」
ミュージック・フェスタって、毎週金曜に生放送されてる音楽番組のことっ!?
超大物歌手とか、期待の新人とかが出るやつじゃん!
「有線で9月からばんばん流す。んで、10月にテレビで初披露。で、11月映画公開ってな順番だな。
ま、いつも通りに歌やぁいいんだって。奏が褒めてたぞ?アイツ、歌の才能あるって」
え……奏が?
「超大物作詞作曲家様に太鼓判もらってんだから、胸張ってドンと歌ってこい」
「……はい」
嬉しい。奏に認められたことが。
「話って、そのことですか?」
「あー、いや…奏のことなんだよ」
「奏の?」
「んー。なんかさ、最近アイツちょっと変じゃなかったか?」
「変……ですか?」
「あぁ。昨日さ、用事で奏んとこ行ったんだけどさ。
なんか様子が違ったっつーか……篤、なんか知んねぇ?」
「いや……あの、最近俺まともに奏と会ってなくて……」
レコーディングが終わってから、二週間が経とうとしている。
俺はその間、真夜中に帰ってきたり早朝に出たりして、顔を合わせたとしても奏と会話をするのはほんの五分ぐらい。
「奏も新しい仕事とか、この前レコーディングした歌の編集とかでスタジオこもってるみたいですし……」
そう言いながら、ふと思う。
あれ、でもちょっと待って。
……奏と視線、合ってたっけ……?
いつも奏は、人の目を見て会話する。
だけど、わずか五分ほどの会話のなか……奏の視線は、反らされてた……?
いつから、だっけ。
レコーディングが終わって、その時は普通で、3日振りに久々に朝一緒になって、俺はもう出る寸前だったんだけど奏と少しだけ話せて嬉しくて、だけどその時……奏はずっと俺を見なかった……?
「……あの、ちょっと気になること、思い出しました」
「気になること?」
「些細なことかもしれませんけど……」
今日は早めに家帰れるんで奏に聞いてみます、と社長室を後にした。
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