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存在 1
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その後、CMの打ち合わせを終え、夜8時ぐらいに帰ってきた俺はすぐに奏の姿を探した。
「奏ー?……スタジオ、かな」
リビングから出て、地下へと続く階段を降りていく。
「……あ…」
ドアに、ひとつの貼り紙。
【作業中!!立入禁止】
仕事の邪魔は出来ないな、と思って踵を返す。
再びリビングに戻った俺は、とりあえず腹ごなしをしよう、とキッチンに行く。
ツナ缶あるし、トマト、キュウリ、コーン、ハム……サラダスパにしよ。
ときどきリビングのドアを気にしながら料理を進めていく。
30分もかからないぐらいで完成した冷製サラダスパ。
奏の分も一応作ったので、ラップをかけて冷蔵庫へ。
スパゲッティも食べ終え、後片付けをする。
アイスコーヒーを入れて、一息つく。
気がつけば、10時。
「お風呂……入ろっかな」
リビングを出て……地下へ続く階段をのぞく。
奏が出てくる気配はない。
いつもなら湯船にゆっくり浸かるんだけど、この日はシャワーだけ浴びて早めに出てきた。
頭を拭きながらリビングに入る。
そこに奏の姿は、ない。
テーブルには食べられていない料理。ここに入った形跡も、ない。
「忙しい……のかな」
キッチンに入り冷蔵庫からスポーツドリンクを取り、ソファに座り中身を一気に空にした。
そのまま背もたれに体重を預け、深く座る。
奏、ちゃんとご飯食べてんのかな。
スタジオこもっちゃったら、つい忘れちゃうとか前言ってたな。
だけど、集中してるわけだし…邪魔できないよね。
目を閉じ、最近の奏を思い浮かべる。
合うことのない視線。
何でだろう。何で、ずっと目を反らしてたんだろう。
疲れてた?……それとも、俺何かしたかな……。
思い出せば出すほど、奏の様子が少しおかしかったことに気づく。
仕事ですれ違う日だって、前にあった。
だけど、奏はいつだってあのドキッとする笑顔で話しかけてくれた。
仕事、頑張れよ!って肩叩いてくれた。
最近の奏は──自分からは話さなかった。
ずっと、静かだった。
社長に言われて、気づくなんて。
情けな……はぁ。
ズズズ……っと体をずらし、ソファへと寝転がる。
奏、奏……。
早く、出てきて……。
カタンっ
……ん……?
小さな物音。
あれ……?寝、てた……?
まだまどろむ思考。
遠くに、床を踏みしめる音。近づいてきてる気がする。
ずっと忙しかった日々。
知らぬ間に疲労が体に蓄積していたみたいで、体は眠ろうとする。
あれ、まぶた開かない……
体、動かない……
なにか、奏が言ってる気がする……
ふわり、と頭を撫でられる感触。
……奏……?
起きなきゃ、奏がいる。
聞かなきゃ、なんかあった?って。
そんな思いとは裏腹に、撫でられる感触が気持ちよくて、意識が遠のいていく。
ポツリ、と近くでつぶやく声が、した。
──え?
遠のきかけた意識が、戻る。
そして、柔らかい感触。
それは一瞬で、すぐさま消えた。
───え?
足音が遠のく。
再び、カタンっと……ドアの閉まる音がした。
───え?
まどろんでいた意識が、浮上していく。
やがてまぶたが開き、少しぼーっと天井を見つめる。
……今、奏……いた?
今、何を……
「……───っ、」
ハッキリと覚醒した途端、さっきのことが甦り、俺はガバッと起き上がった。
え、え……今……
手で唇をさわる。
すぐさま消えた、柔らかい感触、温もり。
今……キス、された?
「……───っ、奏っ」
ソファから飛び上がり、リビングを出る。
そして一目散に、地下へと走った。
貼り紙は変わらず貼ってあるけど、かまっていられない。
「奏っ」
少し乱暴にドアを開けた先、スタジオには奏はいなかった。
隣?
ピアノだけが置いてある隣の部屋のドアも乱暴に開ける。
「奏っ!………奏?」
静まり返る、暗い部屋。
「奏?いないの?」
返事は、ない。
壁にかかる時計を見る。
深夜、二時過ぎ。
まさか、こんな時間にどっか行くわけ……
スタジオから出て、向かうは玄関。
「……ない…」
奏が愛用してる、カーキ色のスニーカーが、ない。
こんな深夜に、どこに……?
奏は自分では運転しないはずだし。
誰か、迎えにきた……?
一体、誰が……?
モヤモヤしたまま、リビングへと戻る。
再びソファに座り込み、さっき起きたことを考える。
さっき、キスされたよね?
なんで?なんで、キスなんか……。
ねぇ、奏。
それって……期待してもいいの?
だけど、気になるのは、ポツリとつぶやかれた言葉。
『……ごめんな、許して』
何を、謝ったの?
何を、許してほしいの?
奏。わかんないよ。
ぐるぐる、と。
リビングのソファに座り込みずっと同じことを考えていた。
やがて朝陽がのぼりはじめ……朝がやってきたけど。
奏は、帰ってこなかった。
「…仕事、行かなきゃ」
のろのろと立ち上がり、部屋へと向かう。
今日は10時からCM撮影で、それが終わり次第ショーの打ち合わせに参加して、それから……
今日のスケジュールを頭の中で確認する。
今日も、早めに帰れるはずだから。
今日こそ、奏に聞かなきゃ。
……聞きたいこと、増えたちゃったよ……。
奏は、ちゃんと答えてくれるかな……。
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