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揺れる感情 1
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「あ、アツシくん。こっちこっち。ここに居てね」
「はい」
今日は”美羽”役である美咲ちゃんのクランクアップ。
なので俺は今、カラフルな花束を持って映画のセット裏に隠れていた。
チェックオッケーの声がかかり、みんなが美咲ちゃんを向く。
今、かな。
スタッフの、せーっの!の声でセット裏から出て美咲ちゃんに駆け寄った。
「「「クランクアップ、おめでとう!」」」
クリッと大きく目を見開いた美咲ちゃん。
「わ、わぁっ!ありがとうございます!
アツシくんも来てくれたんだーっ」
みんなから花束をもらって、嬉しそうな表情の美咲ちゃん。
美咲ちゃんのクランクアップと同時に、映画の撮影も、すべて終了。
あとは完成を待つのみ、だ。
「公開が楽しみだね!」
「うん。
美咲ちゃんと共演できて良かったよ。ありがとう」
「あたしこそ!ありがとう、アツシくん」
お互い右手を出し、握手をした。
そして手を離した瞬間、美咲ちゃんが俺の後ろを見て表情を輝かせる。
「あ!梁瀬さん!」
え………
その名前に、体がピクリと反応した。
俺のすぐ後ろから、声がかかる。
「クランクアップおめでとう、美咲ちゃん」
「梁瀬さんも来てくださるなんて!
ありがとうございます!嬉しいですーっ」
美咲ちゃんに花束を渡した梁瀬さんは、俺を見て笑みを浮かべた。
「やぁ、日野くん」
「……お疲れさまです、梁瀬さん」
美咲ちゃんはスタッフに呼ばれたので、俺たちに頭を下げてから、この場を離れた。
俺もすぐに立ち去ろうとしたんだけど…梁瀬さんが話しかけてきたので、立ち止まる。
「日野くん、この前はありがとう」
「…何が、ですか?」
何を言いたいのか、予想はつく。
だけど、俺はわからないふりをした。
「奏のこと。言ってくれたんだろう?
おかげで、寄りを戻すことができてね。本当、日野くんには感謝しているよ」
余裕を思わせる笑みを浮かべて話す梁瀬さん。グッと拳に力が入った。
「…いえ、」
聞きたくない。
そんなの、聞きたくない。
「仕事、順調みたいだね。リスキーのモデルに抜擢されたんだって?
リスキーのモデルをした子は、将来必ずビッグになるってまことしやかな噂があるぐらいだ。
すごいね、おめでとう」
「…ありがとうございます」
「応援しているよ。じゃあ、私はこれで失礼するね」
「…はい」
俺は頭を下げ、梁瀬さんを見送った。
梁瀬さんの、勝ち誇ったような、見下した表情に…グルグルと負の感情が渦を巻く。
『気持ちはあるの?』
あの時そう問いかけた俺。
『そうだな。気持ちは、あるよ』
そう答えた奏。
奏の気持ちをもらった梁瀬さんに……俺はひどく嫉妬した。
「すみませんでした」
俺は、橋本さんに勢い良く頭を下げる。
初めて、仕事に大遅刻をした。
表紙撮影の仕事が入っていたのに、俺はそれを忘れていて。
橋本さんから連絡をもらったとき俺はまだ家にいた。
「篤、謝る相手が違うぞ。行きなさい」
「はい」
駆け足でスタッフさんの所に向かう。
「すみませんでした!」
深く頭を下げ、謝罪をする。
何回か撮ってもらったことのあるカメラマンさんの上原さんが、俺に声をかけてきた。
この人は、とても仕事に対して厳しい人だ。
「日野くん。俺たちは被写体がいてこそ、仕事が出来る。
その被写体がいてくれなきゃ、どうしようもないんだ」
「…はい」
「最近、忙しいのは耳にしているよ。
だけど、君もプロだろう?自分に恥ずかしくないよう、しっかりしなさい」
「はい」
「じゃあ、始めようか」
情けない。
悔しい。
ちゃんと、しなきゃ。
深く深呼吸をして気持ちを切り替え、撮影に臨んだ。
「お疲れさまでした!
本当に、今日はすみませんでした」
撮影も終わり、俺はもう一度謝る。
「アツシくん、もういいよ」
「そうそう。撮影も、無事終わったし」
スタッフのみなさんが、そう声をかけてくれた。
「日野くん」
「上原さん…今日は、」
「ストップ。もう謝罪は聞き入れたよ」
前に手をかざして、俺の言葉を遮る。
「…はい」
「人間誰だって疲れているときや…悩んでいるときがあるもんだ」
上原さんは、意味ありげに笑う。
「それを上手に自分の中で飼うんだよ。
消すことはできないだろうからね。
揺れる感情が、時にはいい方に広がる場合もある。
今日の写真は君の新たな一面だ」
「え?」
「俺のカメラは、真実を撮るからな。じゃあ、お疲れ」
「え?あ、お疲れさまでした!」
……なにか、気づいてる?
カメラマンって人種は、あなどれない人ばかりな気がする…。
水瀬さんしかり、佐山さんしかり……。
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