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今日食った焼肉、うまかったなー。
篤に本屋に連れてってもらうだけのつもりだったのに、篤からドライブしようと、俺にとっては嬉しい誘いがあった。
どこに行くのかと思えば、海。
デート、だなんて軽々しく言った篤に内心もやもやしながらも、二人で出かけれる喜びに、自然と笑顔が溢れた。
行きつけだという焼肉は驚くほど旨くて、そこで語られた篤の家族の話に、篤の優しさと芯の強さのルーツを垣間見たりして。
実らない恋だというのに、篤を知れることが、嬉しかった。
なんか最近俺…女々しすぎる。
と、そんなうだうだとした日々を過ごしていた。
「いっってらー。頑張ってこいよ」
「うん!いってきまーす」
泊りのロケでしばらく家を開ける篤を見送り、俺は地下のスタジオに向かう。
しばらくひとり、かぁ。
前まではひとりが当たり前だったのにな。
っつーか、仕事が終われば、またひとりの生活に戻んだよな。
ピアノの前に座って、思いつくままに音を奏でていく。
うーん。なんか悲しいメロディになっちまった。
失恋ソングに使えるか?
なんて思いながらピアノを弾いていると、ポケットに入れてあった携帯が震えた。
取り出して画面を確認する。
そこに映し出されているのは、登録にない番号。
……ん?
何となくその数字の羅列に見に覚えがある気がして、鳴り止んだ携帯の着信履歴を確認する。
やっぱり。
数日前にも、同じ番号から電話がかかってる。
基本、登録されてあるもの以外の電話には出ない俺。
ん~…誰だろ。
何回もかけてくるってことは、知り合いか?
いやでも番号変えたとか誰からも聞いてないし。
ま、いっか。
無視の方向で。
それからも何回か同じ番号から電話がかかってくるので、葵や肇にこの番号知ってるか?と聞いてみても、二人とも知らないと答えた。
ので、そのまま無視を続けていた。
電話に出りゃ、間違いなのかそれとも本当に知り合いなのか判別はつくものの、なんとなく…そう、なんとなく気味悪い感じがして、出る気になれなかった。
ただのカンだけど。
そのただのカンが当たっていたことを、俺は意外なところから知る。電話の相手が誰なのかを。
それは、"こいのうた"のレコーディング当日。
とうとうこの日がやって来たかと嬉しくもあり、そして仕事の終わりが近づく寂しさもあり。
だけど、やっぱりこの歌がちゃんとした形になる喜びがあって。
切なさが少し、期待が大半。
気持ちを落ち着かせるために、一番好きなカノンを弾いて集中力を高めていく。
そんな感じでレコーディングを始めた…ものの。
篤の様子がおかしい。
あんなに想いがつまっていたのに。
今篤が奏でる音は、ちっとも響かない。
魅力を感じない、つまらない。
ガラス越しに篤を見つめるも、篤は自信なさげにうつむいている。
それでも俺は途中で止めることもせず、レコーディングを続行した。
最後まで歌い終わり、まるで俺の様子をうかがうようにこっちを見る篤。
んだよ、その顔は。
まるで迷子のような、不安な顔。
俺は髪をクシャリかきあげて、篤を呼んだ。
なんでそんな不安そうな顔してんだよ。
何があった?
あんときはホントこっちが切なくなるぐらい、すげーいい歌うたってたのに。
何かあったか?と問いかけても、なにもないと答える篤。
なにもないってんなら、なんでんな顔してんだよ。
……今日はもうやめとくか…?
と、そんな考えが浮かんだ瞬間、携帯の着信音が響いた。
んだよ、こんな時に。
画面を見ると、またあの番号。
またかよ。しつけーなぁ。
放置を決め込み、出ずに携帯をテーブルに置く俺に、篤が出ないのかと聞いてきた。
いいと答えた俺に、篤は突然、ひとりの人物の名前を出してきた。
は?龍一?
なんでその名前が出てくるのかと聞けば、なんと龍一にやろう、篤に付き合ってたことなどを話したという。
しかも俺が電話に出ないから、篤から出るように言って欲しいだと?
うわ、じゃあもしかして頻繁にかかってくるあの番号、龍一ってことか?
出なくてよかった。
カンって当たるんだな。
うげ、なんて思ってたら、さらにおえってなることを篤から聞かされる。
未練はないのかだの、別れた理由は仕事ばっかで俺をほったらかしにしたせいだのなんだの。
いやいや、仕事ないがしろにしてたし。
なに脚色してんだよ。
はーぁ、マジうざ。
ってことを篤に説明する。
ホント余計なこと言ってくれて。
あーもう。
龍一なんかよりもレコーディングだっつの。
今日はもう中止にしようと伝えようとすると、篤は俺の目をまっすぐ見てきて、歌わせて欲しいと言う。
一瞬迷ったものの、篤の表情がさっきとは随分違うものになっていることに気づき、レコーディング続行を了承する。
急にどうしたんだ?
さっきは気持ちが焦ってた、とか言ってたけど…まぁ気合い入ったんならいいか。
手元の機械を操作して、音を流し始める。
篤の瞳が、スッと降りた。
篤の声で奏でられていく音。
俺の、一世一代の、告白。
篤に届くことは、きっとない。
でも…篤がこの歌を歌ってくれただけで、それだけでもう充分だ。
なぁ、篤。
ありがとう。
俺の歌を歌ってくれて。
その人が恋しいと、篤の声で伝わってくる。
俺の恋は、叶わないけど…お前の恋は、届くといいな。
最後の一音を奏でた篤は、すごくいい顔をしてた。
けど、俺をとらえた瞬間、驚きに目見開く。
その視線は、俺の目元。
気づけば、俺は泣いていた。
うかがうように俺を見てくる篤に、俺は笑顔でごまかす。
最高だった、そう告げると、篤は嬉しそうにはにかんだ。
そして、言ってくれた。
この歌が、大好きだと。
ーーーありがとう、篤。
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