アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
12
-
ひたすらスタジオにこもる日々。
篤の顔をまともに見なくなって何日経ったのか。
扉に立入禁止と書いた紙を貼って、繰り返し繰り返し篤の歌声を聞きながらさ仕上げ作業に取りかかる。
べつに立入禁止にする必要はない。
ただ、篤の顔を見ると…辛いから。
あともうちょっとで完成するこの歌。
出来上がってしまえば、もう篤を引き止めておく理由はなくなる。
「…はぁ」
知らず知らずもれるため息。
と、そこに携帯の着信音。
チラリと画面を確認した俺は、またため息をはいた。
登録してない番号。
だけど出ざるを得ない番号。
「……はい」
『奏。遅くにごめんね』
まったくだ。
今何時だと思ってやがる。
夜中の二時だぞ、この野郎。
お前の頭の中に常識の二文字はないのか、非常識野郎が。
『今から会いたいんだけど。いつものところで待ってるよ』
「……わかった」
電話を切った俺は、舌打ちひとつしてスタジオから出る。
…こんな時間だし、もう寝てるだろうな。
篤にあてがった部屋の扉を見つめながら、ぼんやりとそう思う。
自分の部屋からジャケットと財布を取り、のどの渇きを覚えたのでリビングに行く、と。
「……っ、……篤」
ソファに寝転がる、篤がいた。
……寝てんのか…?
そっと近づいてみる。
目を閉じて動かない。
まるで吸い寄せられるように、篤へと手が伸びた。
久しぶりにまとも見た、篤の顔。
篤の髪をそっと撫でる。
なぁ、篤。
お前の目に、俺はどう写ってる?
お前より10も歳食ってる分、自分のことを隠すことはできる。
でもさ、さすがに今、お前の前で普通でいらんねーんだよ。
避けるようなマネして、お前を遠ざけて。
正直、苦しいよ。
──ごめんな。許して。
ずっとずっと、触れたくてたまらなかった。
俺は、寝ている篤の唇に…そっと自分の唇を重ねた。
思いを吹っ切るようにぎゅっと拳を握り、立ち上がる。
音をたてないように扉を閉めた俺は、重い足取りでアイツ──龍一のもとに向かった。
家にだけは来てほしくなかった俺は、呼び出されたら必ず出て行くことを了承した。
家から歩いて15分ほどにある公園。
そこを待ち合わせ場所した。
公園の入口に、黒い外車を見つける。
そして車にもたれかかる、龍一。
「奏」
うっすらと笑みを浮かべた龍一。
近づくと助手席のドアを開けた。
俺はただ黙って乗り込む。
運転席に乗り込んだ龍一は俺の髪をひと撫ですると、車を走らせた。
車に揺られながら俺は。
わずかに一瞬合わせただけの篤の唇のぬくもりに──思いを馳せた。
陽も昇りきった、朝。
さすがにもう居ない…よな。
リビングのドアを開け、静まり返ったそこを見て少しホッとする自分がいた。
ソファに体をなげうち、天井を見上げる。
「いつまで通用すっかなぁ…」
こぼれた独り言。
龍一の車に乗ったあとに連れて行かれるところは2つしかない。
龍一がよく行くバーか、龍一のマンションか。
昨日連れてかれたのは、マンション。
バーの方で良かったのに…と内心舌打ちしながら龍一に続き中に入ると、案の定体を求められた。
まだマンションに来たのは三回目。
そのたびに腹が痛いだの、風邪ひいてるだの、適当にはぐらかしてはいるけど。
さすがにもうはぐらかす言い訳が見つかんねー。
龍一だってアホじゃねーし、感づいてるっぽいしな。
あーあ。
海外ロケとか、僻地ロケとかに行かねーかな、アイツ。
はぁ、と深いため息がもれた。
ソファから起き上がり、なんか飯作るか、とキッチンに行き冷蔵庫を開け、中を見て…固まる。
篤が作ったんであろう、冷製パスタがそこにあった。
きっと、俺の分…だよな。
手に取り、テーブルへ。
麦茶を入れて、フォークを取って、席に着く。
「いただきます」
口に入れたそれは、相変わらずうまくて。
少し、胸が痛んだ。
ごめんな、一緒に食べなくて。
──ごめん。
食べ終えた俺は、またスタジオにこもる。
……今日で完成だな、この歌も。
篤、喜んでくれるかな。
篤の喜ぶ顔を思い浮かべながら、最後の作業に取りかかった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
74 / 80