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テーブルに置かれた一枚のCD。
篤を思って綴った歌が、ようやく形になった。
本当なら、もっと満ち足りた気持ちでいるはずだったのに。
少し、苦しい。
これを渡したら、もう篤と居られる理由はなくなる。
それを思うと、胸につかえるものがあった。
ただボーッとCDを眺めているうちにいつの間にか時間は経っていたようで、ドアの開く音で篤が帰ってきたことに気づく。
リビングのドアが開き、中に篤が入ってきた。
同じ屋根の下にいるっつーのに。
ひさしぶりってのもな。
なかなか顔を上げれずにいた俺。
だけど意を決して、篤を呼ぶ。
「篤、座れ」
向かいのソファを指さすと、篤は言われるがままに座った。
これを、渡したら……。
ぐっと思いをこらえ、CDを差し出す。
手に取った篤は、じっとCDを見つめた。
「お前の歌。できたから。それ、第一号」
そう言うと、篤はビックリしたような顔をしてさらにしげしげとCDを眺めだした。
そして噛み締めるように嬉しそうに口角を上げ、目を細めた。
……あぁ、喜んでくれてる。
良かった。
胸にあったかいものが広がった。
篤が顔を上げる。
本当に久々に……篤と真正面から視線が絡んだ。
変わらない、真っ直ぐな瞳。
映りたいと、望んだその瞳。
……なんだか泣きそうだ。
いい年して、な。
こらえろ、俺。
何かを言いかけた篤の言葉を遮り、用意していた台詞を言う。
「これで、同居解消だな」
さよならだ、篤。
『こいのうた』が有線で流れ始め、かなりの反響だと葵から聞いた。
「篤すごいな。お前が見込んだだけある」
仕事の打ち合わせも終わり、休憩中。
コーヒーを啜りながら肇が感心したように言う。
俺はそれに、あぁそうだな、と相づちを打った。
パラパラと書類をめくっていると、前から強い視線。
「…なんだよ」
書類から少し視線を上げると、そこにあったのは肇の鋭い眼差し。
「お前、最近変じゃないか?」
「そうか?フツーだろ」
また書類に視線を戻す。
……別にちゃんと読んでるわけじゃないけど。
「いや、明らかにおかしい。なんでもっと喜ばないんだよ」
「なにが」
「歌」
「…べつに喜んでねーわけじゃねぇよ」
「そうは見えないが」
このやりとり、つい最近もしたな。葵と。
「お前ら同じこと言うのな」
「らって、誰だよ」
「葵。案外似たものカップルか?」
けらけらとからかうように笑ってみるも、肇の顔は変わらない。
「ごまかすな」
「なんだよ、真剣な顔して。
お前らの前であからさまに喜ぶとぜってぇイジってくんだろ。
だからだよ。お前らのいねーとこで喜び噛み締めてんだからほっとけ」
書類をバサッと置き、コーヒーのおかわりを入れにいく。
……頼むから、ほっとけ。
心の中でそうつぶやいた。
「篤は今日も仕事か?」
「…、」
突然の肇の言葉に、カップを落としそうになった。
いれたてのコーヒーが少しこぼれ、テーブルに広がる。
「言ってなかったか?篤、家出たって」
こぼれたコーヒーを布巾で拭き取りながら、なんでもないように装った。
「は?なんで」
「なんでって…篤がここに来たのは仕事のためだろ?
その仕事も終わったのにここに居んのも変だろーが。
篤にゃ篤の生活があんだし」
ソファに座りコーヒーをすする。
「そりゃそうだが…」
まだ何か言いたそうな肇をスルーして、違う話を振ることにした。
「あ、この前依頼あったCMの曲、受けるわ。企画気に入ったし」
「あ?あぁ、分かった。先方に話しとく」
「よろしく~。んじゃ俺スタジオ行くし、適当に帰れよな」
飲みかけのコーヒーを手に持ち、リビングを後にする。
スタジオに入ってテーブルにカップを置くと、俺はピアノに向かい合った。
人差し指で鍵盤を押す。
ポーン……と一音が部屋に響き渡った。
篤が出て行って、もうすぐ1ヶ月。
……思い出さない日はない。
起きたとき。
歯を磨いてるとき。
料理をしてるとき。
風呂に入ってるとき。
ピアノを弾いてるとき。
「…はぁ」
篤が隣にいない空白は、思っていたよりもでかくて…知らず知らずのうちにため息がこぼれる。
幸いなのか、龍一からの連かが途絶えていることが救いだ。
仕事が重なっているらしく、会う暇がないんだと。
電話越しに会えなくて残念だろう?なんてキザったらしく言ってたけど、こっちにとっちゃ万々歳だ。
静かな部屋の中、ピアノの前にたたずみながら鍵盤を見つめていた俺は、指をそっと鍵盤に置く。
鍵盤の上に指をすべらせ奏でるのは、あの歌。
気恥ずかしくて、でも嬉しくて。
そして、切なくもある、こいのうた。
弾き終えては始めに戻り、何度も何度も。
あぁ、なんで。
そばにいないんだろう。
自分から遠ざけたのに、そんなことを思ってしまう。
意識しなくても、指が音を覚えてて。
弾けば弾くほど篤を思い出してやまない。
思い出すのが苦しいなら、指を離せばいい。
もう終わらせた、恋。
初めから叶うことを期待してなかった。
いや、期待しないようにしていた。
だからすんなり諦められると思ってたのに。
篤と一緒に居た日々が色濃く残りすぎていて。
篤のことを知りすぎて。
──篤が好きすぎて。
「…ははっ、女々しー…」
そんな小さなつぶやきは、音にかき消された。
なぁ、篤。
どうしたら俺はお前を諦められるんだろうな。
30なにもなってバカみたいだけどさ。
お前に出会って初めて知ったよ。
恋をするって、楽しかったけど。
──こんなにも苦しいんだな。
自嘲めいた笑いがこぼれながらも、俺の指は鍵盤から離れることはなかった。
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