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返杯
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立ち上がった桐島さんは、一度台所へと向かった。
そしてすぐ戻って来て、その手にはグラスが二つと一升瓶。
条件があると言われ、不思議に思っていたが、一升瓶とグラスが目の前にドン、と置かれると大体の事を察する事が出来た。
「返杯という言葉は知っとるか?」
「…はい。葬儀や法事の席で盃を捧げる時に用いる…」
「もう一つ意味あるがやけんど分かるか?」
「はい…」
そう返すと、桐島さんは「よし。ならもう一つの意味や。」と言って一升瓶を僕に差し出してきた。
もう一つの返杯の意味は、『相手に敬意を表して杯を差し出す。』
グラスを構える桐島さんに向かい一升瓶を傾ける。
瓶の口から並々とグラスに注がれる透明の液体。ツンと辛い香りが鼻をついた。
「あんた真面目そうやき酒は普段飲まんやろ。未成年に対して取る行動やないけんど、俺らの世界には歳なんか関係無い。」
そして、僕が注いだお酒を桐島さんは一気飲みした。
グラスはどこにでもあるような物だが、このお酒はどう見ても日本酒だ。それをグラス一杯に注いだのに、揚々と飲み干したところを見ると驚いてしまう。
「次。会長さん、グラス持ちや。」
「え」
言われるがまま、僕はグラスを構えた。
ドボドボと僕が持つグラスにお酒が注がれた。
お酒なんて一度も飲んだ事がない。
ましてや日本酒だなんて。しかもグラス。
注がれたお酒を口元に運ぶとまたツンと辛い香りがした。
「あの…」
「酌を返して貰ったら断りは厳禁や。」
「………」
飲まなければいけない状況なのは何となく分かる。
でも抵抗が無いわけじゃない。
戸惑いながらも意を決しグラスに口を付けた。
「…っ」
ゴクリと初めて味わうそれは、喉を刺激し胃の中へと入っていく。辛い香りは口いっぱいに広がり思わず眉を顰めてしまった。
「ケホッ…ケホ…」
「ゆっくりでえい。うちの地酒は端麗辛口や。初めて飲むにはちとキツイやろ。」
「…っ、いえ…」
地酒だったのか。にしても辛い…
「ケホッ…」
なんとか飲み干すと、すぐに桐島さんがグラスを構える。
咳き込む中、桐島さんへ『?』を向けると、杯を返してや。と言われた。
「これが俺の地元の飲み場での風習や。同時に常識でもある。手酌厳禁。酒は相手に注がれて初めて飲める。このルールは覚えちょった方がえい。」
「…条件と、何の関係が?」
「まぁ会長さんの度胸試しでもあるな。あと、覚えちょって損は無い事や。後々役立てて貰いたいきな。」
「…?」
グラス一杯分の地酒があっという間に体の熱を上げていく。頭がぼーっとして机に肘をついてしまった。
条件がこの風習を覚える事だと言うなら、簡単な話だ。
だがこう実践させられるとは思いもしなかった。
「さて。どこから話そうかの。」
そして、向けられた桐島さんのグラスに二杯目のお酒を注ぐと、桐島さんは小さく口を開いた。
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