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誤算
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「………」
さっき確かに玄関の方から物音がした。
だけどほんの小さな音だったから、その時はあんま気にしなかった。
どうせ眼鏡が家ん中ウロウロし始めたんだろうと思った。
俺の部屋は玄関開けてすぐだし。
「おいお前」
これ(キスマーク)どうしてくれんだ。って、眼鏡に文句言ってやろうと思って洗面所から顔を出す。
「…っ‼︎」
けどその瞬間、心臓がどくんと脈を打った。
「……………」
「…………」
目が合った。その相手も俺を見て同じ様に驚いた顔をしている。
全身の血の気が引いていく。
「……何してるの?」
酒が入ったビニール袋をさげ、真っ赤な口紅を纏ったその唇から発せられる声。
「あんた……なにその格好……」
全身を冷たい目で舐める様に眺められる。
刺さるその視線から俺は逃げられなかった。
「お……かえり…」
「…………」
「…………」
咄嗟に見せた作り笑いと、小さな声音が口から零れた。
だけど俺が言った言葉に対し返事をする事なく、目の前のこの人は大きなため息を吐く。
「誰か来てるの?」
「…………」
「勝手に誰かを家に招いたりしないでって、前にも言ったでしょ」
母さんは俺の体に付いてるものを見て、呆れた様にそう言った。そしてそのまま台所に向かい、俺もそのあとを追って台所に入る。
誤算だった。こんなに立て続けに母さんが家に帰ってくるなんて思ってなかった。
しかも、最悪な格好を見られた。
「また洗い物してないじゃない」
「…あ、うん」
眼鏡は母さんが帰って来たって気付いてないのかな……
けど、その方が良いかもしれない。流石にこのタイミングで出てこられたらまずいな……
「ごめん、すぐやる」
「………」
椅子にかけてあった服を着て、洗い場に立つ。
母さんは買って来た酒を冷蔵庫の中に入れ、上着を脱いで結っていた髪を解いた。
匂いのキツイ香水の香り………
「…………」
「……………」
沈黙の中、俺が皿を洗い始めると、後ろからカシュ、と缶の蓋が開く音がした。
ちらりと母さんの方を見てみると、ビール缶を片手に晩酌を始めたようだった。
テーブルの上に並べられた数枚の名刺。それを眺めながら母さんは頭を掻いていた。
「それ、仕事の?」
「ええそうよ」
「…………」
んなわけねえだろ。そんなピンクピンクした名刺をどこの会社が扱ってんだ。
「…へぇ」
やっぱり、ついさっきまでどっかのホストクラブか飲み屋にバー、そのどこかに居たんだろ。
「……忙しそうだな」
「…………」
ぼそりと俺が呟いた言葉。
言った後すぐ、食器が重なる音と共にビール缶の底がテーブルに叩き付けられた音がした。
「あんたと違ってね」
「…………」
背中に投げつけられた言葉。
振り向かずに、俺はそのまま皿を一通り洗った。
乾燥機の中に一枚一枚食器を片付けながら、なんでもないフリをして通した。
正直、さっきの母さんの言い方に無性に腹が立った。
皿を投げ付けてやりたくなった。でもそんな事本当に出来るはずがない。
嫌味の様な言葉遣いで扱われたとしても、この人は俺の母親だ。
それに今はあいつだって居るんだし、ここで大声張り上げたら醜態を晒す事になる。
「…………」
「………」
やる事は済んだのに、この場からどう部屋に戻ろう。
眼鏡に母さんの事知らせなくちゃいけねえけど、振り向いて今母さんと目が合ったら俺なんか言っちまいそうで怖えしな……
「学校……」
「…え」
どうしようかとその場で立ち竦んでいると、小さな声で母さんが呟いた。
「学校、最近どうなの?」
「…………」
驚いて思わず振り向いてしまう。
母さんは俺の方を見てなかったけど、母さんから何かを聞かれたのは久しぶりの事だった。
「ぁ…ああうん……結構楽し」
「まぁ、」
なんて、こんな事で浮かれた自分が馬鹿だった。
「あんたも“私と同じ様に”楽しくやってるみたいでよかったわ」
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