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大上(おおかみ)
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放課後、赤津君が校門に向かって歩いていると、後ろから声をかけられた。
「赤ずきんちゃん! 今日は一人で帰るの?」
振り返ると、同じ部活で三年の大上さんがいた。
大上さんは三年生なので、一年生の赤津君と比べると、身体もずっと大きくて男っぽい。見かけは、こわもて系の運動部の人か。いや、帰宅部の不良という感じだ。
それなのに、童話部なんていう子どもたちの夢や純粋な心を大切にするお話を読んだり書いたりする部に入っているというギャップがすごい。なんで、この人が童話部なのか、いまだに理由がわからない。
初めて赤津君が童話部の部室を訪ねた時のことだった。赤津君が礼儀正しく戸を叩くと、中から「うぉい」と地底から響く魔人の恫喝のような声が返ってきた。なぜ、そこで異変に気づき、踝(くびす)を返して安全な教室に逃げ帰らなかったのかと、戸を開けた後、赤津君は激しく後悔した。だが赤津君は、勢いよく戸を開けてしまった。
「失礼します!」
赤津君は大きな声で元気よく言い頭を下げた。
入学試験の面接のために、何度も練習したので礼儀作法は、ばっちりだった。だが、その時ばかりは、その練習が裏目に出た。何回も何回も反復練習したおかげで、赤津君の脳と身体は、面接室に入る動作をすっかり覚えこんでしまっていた。自動化(オートマティック)した一連の動きを、異変があったからといって途中でやめることなどできない域にまで達してしまっていたのだった。
赤津君が頭を上げたとき、目にした光景は恐ろしいものだった。部屋の中には、着崩した制服の、怖い顔のお兄さんがいたのだ。不良が部室を、たまり場として占拠しているのに違いない。それくらい、その人は童話部に不似合いだった。
彼の座っているソファときたら、合皮の座面に穴が開いてスポンジが飛び出て一部スプリングがむき出しになっているような代物だった。まるで、ごみ捨て場から拾ってきたみたい。後からわかったことだが、実際、彼が、本当にごみ捨て場から拾って、かついで学校に運び、部室に設置したらしい。彼は、無法者なのだ。だが彼は「学校という窮屈ライフを少しでも快適にし、くつろげる場所を皆に提供するために」したのだという。
その怖そうな上級生が、古ぼけた長椅子に、足を組んで、ふんぞり返って座っていた。そして他校の不良生徒にガンをとばすみたいな鋭い目で、にらみつけてきた。彼の恐ろしい表情や風貌は、一朝一夕で身につけられるようなものではなかった。常日頃、他校の生徒と、実際に血で血を洗うような激しい闘争、喧嘩を繰り広げているに違いないと、人に確信させるようなものだった。
殺される!と赤津君が思ったその時だった。
「新入生?」
蛇を絞め殺す殺人鬼のような恐ろしい顔が一瞬にして崩れ、だらしない表情になり、そう言ったのだ。
「はっ、はいっ! 一年花組一番! 赤津錦です!」
赤津君は、直立不動で答えた。
「そう。入っていいよ」
赤津君は、緊張でガチガチになりながら、部屋に入り戸を閉めた。
一人で来るんじゃなかった。誰でもいいから、クラスメイトを誘って、いっしょに来るんだった。
いや、誰でもいいってことはないな。この怖い先輩とつるんで僕をいじめるような人は嫌だし。もしかしたら、いっしょに三年間部活動をすることになるかもしれないんだから、なるべく仲良くできそうな人がいい。
でも、童話部に入りたい男子なんてそんなにいなさそう。だから一人で来たのだ。
かっこいい男子は、みんな華やかなサッカー部だとか、流行りのラグビー部だとか、運動部に同じ中学の友達を誘ったり先輩から誘われたり、誘い合って仮入部をしていく。
「童話部なん」て、と笑われそうで恥ずかしくて、赤津君は、誰も誘えないでいた。
誰か気の合いそうな優しい友達と、などと夢をみているうちに、どんどん遅れをとってしまっていた。
早く部活訪問をして仮入部して、部活を決めなくちゃ。赤津君は焦った。
赤津君は、意を決して、一人で部活訪問をすることにしたのだ。誰かを誘ってみて、バカにされるくらいなら、一人で行った方がいいや、と思った。
だが、ここへきて、一人で来たことを、本当に後悔した。
見たところ、ほかに部員はいない。まさか、この怖そうな先輩と二人きりの部活? それでは少なすぎて廃部になってしまうから、誰かほかにもいるのだろうか。けど、皆、幽霊部員で出てこないなら同じことだ。それにほかにいたとしても、この先輩と同じような種類の怖い不良の人たちだったらどうしよう。だったら、むしろ誰もこないでほしい。でも、二人きりも怖い。どうしよう。誰かきて。優しい人。赤津君は、おしっこをちびりそうになりながら、願った。
すると、背後の戸が鳴った。コンコンコン。
「あぁ?」
怖い先輩が片眉をつり上げて、面倒くさそうに反応した。
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