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必死に走って、うちの近くの公園まで逃げ込んでようやく奴らが追いかけてきていないことを確認してベンチに座る。
かいじはかなり無理をしたみたいで息切れがハンパない。それもそうか。デブにはつらい距離とスピードだったよな。
まだ息の整わないかいじを置いてベンチから立ち上がると近くにあった自販機でジュースを買う。
「ほらよ」
「あ、…あの…」
「いいから飲め」
一本を無理矢理渡し、またどっかとベンチに座ってジュースを一気のみしているともらったジュースをじっと見つめたまま動かないかいじがいた。
「んだよ。いらねえのかよ」
睨みながらそう言うと、かいじは慌てて首を振った。
「ったく、なんでてめえあそこで逃げなかったんだ。『お兄ちゃんをいじめるな』なんて叫んで突進してきやがって」
いらいらしてそう言うと、かいじはびくりと体をすくませた。
「…ごめん、なさい」
「は?」
ジュースを握りしめたまま、何度も何度も急に謝りだしたかいじに首を傾げる。
「ごめんなさい。お兄ちゃんって呼んでごめんなさい。」
「おま…」
「咄嗟に口から出ちゃったの。なつきくんが危ないって思ったら、そう叫んじゃって…ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい。」
俺はかいじの口からでた謝罪の理由に愕然とした。逃げなかったことより、何より俺をお兄ちゃんと呼んだことを謝るだなんて。
「僕みたいなのが弟だなんて、恥ずかしいんだよね。お兄ちゃんなんて呼ばれたくないって言ってたのに、ごめんなさい。」
かいじが頭を下げ続けるその姿に俺は、なぜかいじがこうなってしまったのかを思い出した。
かいじは、昔病弱でガリガリに痩せていた。食欲が極端に少なくて、お菓子もご飯も全然食べない。
俺は、かいじがあまりにも食べなさすぎて死んじゃうんじゃないかってすごく怖かった。それで、自分の小遣いを持ってかいじを連れてお菓子コーナーに行ったんだ。
『好きなのとれ!兄ちゃんが買ってやるから!』
かいじはぶんぶん首を振った。
『だめだ!かいじは俺の大事な弟なんだからな。いいから兄ちゃんに甘えろ!』
そう言うと、かいじはそっとポテトチップを一袋手にした。家に帰ったら、おいしい、おいしい、ってぼろぼろ泣きながら食べてた。
一袋全部食べたかいじを見て俺はすごく嬉しくなった。それから俺は小遣いを貯めて余裕ができたらポテチを買ってかいじにあげて。うちに母さんが用意したおやつも、かいじにあげたりしていた。
それからしばらくして、かいじは太りだしたんだ。
それでも俺は太っていくかいじを見て嬉しかった。元気になったんだ。そう思ってもっとお菓子を食べさせた。
中学に入ってしばらくして、まさとと俺はいわゆる不良と呼ばれる先輩と連むようになった。それで、ある日帰る途中かいじに会ったんだ。
『お兄ちゃん』と喜んで駆けてくるかいじに、返事をして少し話をする。友だちの家に遊びに行くと言うかいじの背中を見送っていると先輩がげらげら笑い出した。
『なんだよ今のデブ!お前の弟?』
『ありえね~!お前に釣り合わないじゃん!あんなのもしかして大事にしてる?』
口々にかいじの悪口を言って笑う先輩たちに、俺は怒りよりも恥ずかしさが先にでた。そのときの俺はほんとにカッコつけた奴で。
『はは、でしょ?あ、あいつ、かわいそうな身の上なんで仕方なしに仲良くしてやってんすよ。あんな奴にお兄ちゃんなんて呼んでほしくないっすね』
その日家に帰って、俺はかいじに言ったんだ。
『あのさ、かいじ。悪いけど、外でもう話しかけてこないでくれる?その…、先輩の前でかっこつかないんだよな。お兄ちゃんなんて呼ばれるの…』
泣くかな、と思ったけどかいじは意外にもこくりと頷いた。自分から言い出したことなのに簡単に頷いたかいじに、なんとなく腹が立った。
そんで、ついついかいじがムカつくって先輩たちの前で愚痴ったんだ。そしたら先輩たちはげらげら笑いながらかいじの悪口を言い出して、釣られて俺もかいじを悪く言うようになった。自分でもひどいこと言ってるって意識はあったけどそんときの俺はほんと調子に乗ってて。先輩たちみたいな不良がかっこいいと思ってたんだ。
それからだ。かいじが、いつもうじうじとするようになったのは。いつからか偽りの悪口だったはずが本気になり始めて。なんでこいつみたいなやつが俺の弟なんだって。そう思ったんだ。
すっかり、忘れてた。俺が。おれの、せいだったんだ。かいじが太ったのも、いつもおどおどとするようになったのも。俺は最低だ。自分が今のかいじを作ったくせに、その原因をすっかり忘れてみんなかいじのせいにしていた。
かいじはどんな思いで急に邪険になりだした俺の事を見ていたんだろう。謝り続けるかいじに、胸がズキズキと痛む。
俺は目の前の弟を、ぎゅっと抱きしめた。
「…な、なつき、くん…?」
「…ごめん。ごめんな、かいじ。ごめん。自分勝手な、ひどいアニキでごめん…!」
急に抱きしめ、謝罪する俺にかいじがおろおろと声をかける。
『なつきくん』
やけに他人行儀なその呼び方。そうだ。俺が『お兄ちゃんって呼ぶな』と言った次の日から、かいじは俺の事をそう呼びだした。かいじは、自分が本当の弟ではないことを知っている。小学校に上がった時に、親父が本当の両親の事を知っていてもらいたいからと言ってかいじに話したんだ。その時に、かいじは俺に言った。
『ボク、お兄ちゃんの弟でいいの?お兄ちゃんって呼んでもいいの?』
当たり前だろって返事をしたら、すごく嬉しそうに笑って泣いた。
俺はバカだ。かいじがどんな思いであの時俺にそう聞いたのかも知らないで。自分の言ったことをすっかり忘れて、散々かいじを邪魔者扱いにした。
そして思い出す。どうして俺がそこまでかいじをうっとおしく思い始めたか。自分でカッコつけたくてかいじを突き放したけど、本当は。
いやだって言ってほしかった。おにいちゃんなのにどうしてって、言ってほしかった。だって、かいじはいつも俺に遠慮していた。俺はかいじがかわいくて、本当の弟だって思ってたのに。それなのに、どうして簡単に俺の弟である事を諦めるんだって、すごく悔しかった。全てを嫌がることなく受け入れてしまったかいじが、憎かった。
「なつ…」
「違うだろ?かいじ。お兄ちゃんだろ?」
俺の言葉に、かいじが目を見開いてきょときょとと視線をさまよわせる。そんなかいじのほほをむに、とつまんで俺はかいじに笑いかけた。
「…勝手なこと言ってるのは、十分わかってる。今までごめんな、かいじ。でもな、俺…やっぱり、お前のお兄ちゃんでいたい」
かいじがさまよわせていた視線を俺にじっと向ける。その目には、困惑と、驚愕と、それから恐れ。摘んでいた頬を離し、今度は優しく撫でてやる。
「…かいじ。頼む。お兄ちゃんって呼んでくれ。…俺、本当はかいじが大好きだ。さっき、助けに来てくれてありがとうな。必死になって、兄ちゃんを助けようとしてくれてありがとうな。今までひどい事ばっかり言ったけど、俺はやっぱりかいじのお兄ちゃんでいたい。…許して、くれないか?」
「…僕…、弟で、いいの…?」
かいじが、小さな小さな声でおどおどと問いかける。それに微笑みながら頷くと、その丸い目からぼろぼろと大粒の涙をこぼし始めた。
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