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2.小休憩(日常 流衣、伊織〕
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※ 2005年製作のアメリカ映画『ブロークバック・マウンテン』(Brokeback Mountain)の内容ネタバレを含みます。映画のネタバレを観たくない方はこの話を飛ばしてください。この話は短編ストーリーのため読まなくても後続のストーリー理解上に問題はありません。
映画に関して:監督はアン・リー。主な出演者はヒース・レジャー、ジェイク・ジレンホール、アン・ハサウェイ、ミシェル・ウィリアムズなど。
ガチャ
「ふー…海君お風呂ありがとー。上がったよー。」
「あぁ、おかえり。あれ、流衣ドライヤーは?」
「今日はなんとなくこのまま。」
「風邪ひくよ?」
「すぐ乾くよ。今日は髪が乾くまで伊織とイチャイチャしようかと思って。」
「そう、わかった。要と誠一郎は先に上に寝かせてあるから。お風呂場の掃除が終わったら一応一度はリビングに戻るつもりだけど、2人が盛り上がってたらそのままそっと2階の自室へ戻るつもりだから私のことは気にしないでね。あー、あと冷凍庫に流衣の分のアイスがあるよ。食べていいから。」
「わーい。ありがとー。」
「それじゃ。いい夜を。」
海君は柔らかい笑みを向けてくれて。
でも、すぐにリビングを出て行った。
いつもお疲れ様だね、海君。
なんだか忙しそう。
いろんな意味で本当に色々助かってるよ。
ありがとね。
髪を乱雑にタオルドライしながらリビングのソファを見ると、つまらなそうにリモコンを操作しながらテレビを見ている伊織ちゃんの姿が目に止まる。
いやー、伊織ちゃんはなにしてても可愛いね。
冷凍庫からアイスをとって、スプーンを持ってソファに近づく。
「伊織ちゃん、何か面白いのあった?」
「なーんも。つまらん。」
「映画でも見る?」
「なんかあったっけ?」
「俺が観たくて買ったんだけど見れてないやつがあって。」
「お、なんなん。えぇやん。」
「ちょっとこれ持ってて。食べててもいいから。」
伊織ちゃんにアイスを手渡してデッキの方へ。
確か買ったんだけど時間がなくてこのあたりに置いたままだったよな。
どこにしまったかなー。
あー、あった。これこれ。
デッキにディスクを入れてソファに戻る。
「あら、アイス食べててよかったのに。」
「俺チョコミント嫌いやねん。歯磨き粉やん。こんなん。」
「歯磨き粉はちょっと違くない?俺好きなのにー。」
伊織ちゃんの隣に座り、アイスを受け取る。
伊織ちゃん体温高いからかな、ちょっと溶けた?
伊織ちゃんはリモコンを操作して映画を流し始める。
「なん?これ。」
「ブロークバック・マウンテン。2005年のアメリカ映画。監督はアン・リー。」
「知らんな。どんなん?」
「伊織ちゃんが小学校低学年くらいの頃の映画だもんねー。ラブストーリーだよ。」
「カウボーイで?」
「うん。カウボーイの男のラブストーリー。」
そう。
当時、公開当初はゲイカウボーイムービー、なんかと茶化されたこともある惹かれ合う2人の男性の姿を描く映画としては少し珍しいもの。
監督は普遍的なラブストーリーを描いたと主張していて、当時一度だけ映画館でこれを観た時には俺は納得したものを感じたな。
それは、ただ美しい愛などではなくて。
同性愛だけがテーマでもなくて。
ただ、様々なものからの『自由』を求めた男の不器用さと葛藤を忠実に描いていて。
嫌悪、劣情、思慕、不義、嫉妬、加虐。
現実の、もっともリアルな人の感情が露わにされていた。
清濁入り混じる感情は、決して美談で終わるものではなくて。
決して他人事でもなくて。
自身がどうあるべきか。
生き方すら考えさせられた。
若き日にみた 原点、というかね。
なんの原点なのかもよくわからないんだけど、この映画はなんとなくもう一度見ないといけないなって気持ちになって買ってしまったもの。
伊織ちゃんの目にはどう写るのかな。
「……なぁ。」
「…なに?」
「ほんまに同性愛者って虐殺されてたん?」
「うん。事件としては本当にあるよ。割と近年でも発生してる。宗教上、許されないこととしてるものもあるしね。」
「……なにしたん?このひとたち。普通に生活してただけやん。なんで女やないとあかんの?」
「…まぁ、それは価値観の違いだからね。永遠と相入れないものだよ。価値観というのはすぐに変わるものではないし、理解できないものは理解できないさ。」
「……子供にそれを見せるってどんな気持ちなんやろ。親父としてはさぁ…俺は別に男女だろうと男同士だろうとその間にあるものは何も変わらんと思うんやけど。」
「そうだね。俺もそう思う。ただ、世界はそういう風に出来てないんだろうね。前提として生き物の目的は生殖繁栄なんだから。その目的を果たせないってことだからね。」
「リアルやなぁ、この映画。あの眼も、あの声も、あの言葉も。どこかで経験したなぁ。」
「そうだね。俺らは特にオープンだからね。俺も経験あるよ。」
「ジャックは最期何を思ってたんやろ。イニスのこと、心のどこかにあったのかなぁ。」
「どうだろうね。この物語自体はイニスの物語だから。でもほら。」
『Jack, I swear…。』
ジャックの部屋で見つかる皮膚のように重なり合う2人のシャツ。
そして、イニスの言葉で終わる映画。
「ブロークバックマウンテンでのシャツ。ジャックが持っててんな。」
「うん。ジャックはイニスのこと愛していたと思うよ。その気持ちは嘘じゃないと、俺は思うけどね。」
「……俺はジャックの心が分かるなぁ。目に見えて愛されたいし、夢も叶えたい。他人なんか知らん。それが身を滅ぼすリスクがあったとしても、後悔したくない。」
「ふふ。伊織らしいね。俺はイニスに感情移入しちゃってね。似てるんだよね。俺。」
「あー…そうかも。」
「だとしたら、俺は失って初めて気づくタイプなのかもって。」
「愚かやな。」
「あはは!違いない。」
人ってでも案外そんなものじゃない?
伊織の方が珍しいと思うよ。
でもね。
「でもね、伊織と出会って変わったんだよ。なんかこう、解放されたというか。」
「なんやそれ。」
「このままでいいんだって思えた。伊織がいれば俺は俺でいられる。伊織がいないと俺は存在し得ない。」
「……なんや重いな。」
「そー言わないでよー。伊織を愛してるってことなんだから。」
「ん、ふふ♡」
頭を俺の肩に乗せて、わずかに笑う伊織。
本当に可愛いね、伊織。
「……ただ、俺この翻訳あんまり好きやないかな。」
「うん?」
「最後の「 I swear… 」を「永遠に一緒だ」ってやつ。」
「んー?」
「この「誓い」はきっとそんな軽いものではないから。アメリカの映画としては珍しいけど、心のあり方を観る人間に任せているストーリーなんやし。なんかこう…しっくり来ない。断言する場面やない気がする。」
「翻訳作家としてはどうする?伊織が訳するなら。」
「せやなー。俺なら…
………やっぱやめた。」
「なに?言いなよ。」
「いや、なんや難しい。どうしても流衣の顔がチラついてあかん。恥ずかしい。」
「なにそれ。可愛いんですけど。」
「お前がイニスと似てるなんか言うからや。もう。」
2人並んでソファに座っていたが、伊織は俺の膝に頭を乗せてソファに横に寝そべった。
映画は終わり、エンドロールと共に美しい音楽が時を流していく。
「自由になること、正直になること、世界を観ること、愛すること、諦めないこと、逃げないこと。生きるって難しいなぁ。」
「ふふっ。伊織ちゃんはいつも楽しそうじゃん。」
「そらそうや!難しいから楽しいんやん。簡単なことなんて意識にも記憶にも残らん。楽しんだもん勝ちなんやから。」
「うん。でもね、俺は許さないよ?」
「あん?」
「女だろうと男だろうと。伊織を奪うようなやつ。地獄で後悔するほど追い詰めるから。」
「…ぷっ、あはは!なんやそれ!そこはイニスとちゃうやん!あははは!あー、流衣のそゆとこ大好きー。」
猫のようにすり寄ってくる伊織は、ただ、眩しくて。
黒曜石のように光る髪も。
クルクルと変わる表情も。
鮮やかなグレーの瞳も。
全てが、全てが愛おしくて。
人を愛することってとっても簡単だと、俺は思うんだけどね。
膝の上の伊織にキスを落とす。
あー、髪が邪魔だな。
落ちてくるー。
伊織はそっと手を伸ばして俺の髪に触れてきた。
「ふふっ…くすぐったい。」
「ごめんね。まだ濡れてる?」
「だいぶ乾いたけどもう少し…きちんと乾くまで、さわらせて。」
「….もちろん。全て、伊織のものだよ。」
伊織はその細くしなやかな指先で俺の髪に触れる。
伊織の指先にクルクルと巻きつく俺の髪。
その仕草がとても官能的で。
「なんでこんなに眩しいんだろうな、伊織は。」
「んっふ♡ この髪も、この瞳も、この身体も。ぜーんぶ俺のもんや。誰にも渡さん。」
「俺は死ぬなら伊織のお腹の上がいい。」
「おい、俺を残すな。いやや、1人なんて。俺が先に死ぬ。お前の最後の仕事は俺を看取ることなんやで。」
「えー、じゃあ一緒に死のうよー。伊織のいない世界なんか興味ない〜。」
「あはは!メンヘラやー。メンヘラがおるー。」
俺はきっと生きれないよ。
イニスのように、愛する人が居なくても、なんて無理。
伊織が俺の全てなんだから。
「楽しいなー、流衣。んっふ♡ あ、せや。今日初めてチョコミントも悪くないなー思たわー。生きてると色々発見があるもんやなー。」
伊織はペロリとその唇を舐めた。
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