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差し伸べた手の行方。
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入学式が終わり帰宅しようと駅に向かっている途中、桜の木の下で泣いてる清奈の姿を見た。
その横顔があまりに綺麗で、手を差し伸べたくなったのを覚えている。
それから一週間も経たないうちに、彼の髪は黒から金になっていた。
周囲は不良扱いをしていたけれど、僕には強がっているようにしか見えなくて。
また何処かで独り泣いているのではないか、と心配で仕方なかった。
憐れみが恋心に変わったのは、自然な流れだったと思う。
二年の夏が始まってすぐ、珍しく授業に出席している彼を見て、酷く窶れたように感じた
暫く眺めていると、真っ青な顔をして教室を飛び出して行ってしまった。
慌てて追い掛けた先にあったのは、トイレの床に倒れ込んで過呼吸を起こしている姿で、焦らなかったと言えば嘘になる。
抱き寄せて背中をさすると、思 ったより早く落ち着いたけれど、そのまま意識を失ってしまった。
この時のことは、ぼんやりとしか思い出せない。
多分、保健室での出来事の方が色濃く記憶に残っているからだろう。
僕は勢いに任せて告白してしまい、そのせいで彼は何かの影に怯えるようにリストカットをしようとしたのだ。
だから、傍に居たいと返事をくれたときは正直驚いた。
でも、そのときは素直に嬉しかったのを覚えている。
昔の話をしてくれたのは、付き合ってから三度目の過呼吸を起こした後だった。
支えられるのは自分だけだ、とこの頃までは思っていたのに。
そして三年になった今も、相変わらず傷や薬は増えていくばかりで、一向に回復の兆しが見えない。
痩せ衰えていく様は痛々しく、恐怖すら感じる程で。
次第に学校に来れる回数も減り、辞めざるを得なくなった。
六限の終わりを告げるチャイムが鳴り、彼が待つ家へと急いだ。
僕が一人暮らしをしていたアパートに、二年の冬頃から一緒に住んでいる。
トラウマの原因である親元から離すことで、生き苦しさを軽減してあげたかったのだ。
「清奈、ただいま。」
「..ま、さや..」
床に蹲っていた彼は、声に反応して視線を此方に向けた。
隣に座って抱き寄せると、血で赤く濡れた手がシャツの胸元を握り、不安に顔を歪ませている。
安心して彼が笑える環境を、僕には与えることができない。
「怖かったよね..」
「..ごめ、ん..な..さい..」
傷口に触れないよう腕を掴み、素早く手当てをする。
範囲は広くないけれど、いつもより深いような気がした。
こんなに近くに居るのに、彼の気持ちが分からない。
「ソファー、行こうか。」
「..うん。」
ふらつく身体を支えながら立ち上がらせ、ゆっくりとソファーに座らせた。
僅かに震える肩にブランケットを掛け、その上から強く抱き締める。
慰めながら背中を軽くトントンと叩いてあげると、彼は小さく頷いた。
それを確認して、抱き締めていた腕をそっと解く。
「夕飯の用意してくるね。」
「うん、待ってる。」
髪を撫でながら、今日は吐かなければ良いな、と思った。
30分程度で食事の用意を終え、テーブルへと並べていく。
美味しそう、と言って笑う姿に安心した。
向かい合って椅子に座り、彼の様子を見ながら食べ始める。
「どう?」
「美味しいよ。」
「良かった。」
「いつも、ありがとうな。」
他愛もない会話をしているうちに、皿の上は空になっていた。
いつもより少し、多く食べてくれたみたいだ。
良かった、と心の中でそっと呟く。
「片付けておくから、先に風呂入っちゃいな?」
「ん、分かった。ご馳走さま。」
浴室に向かう姿を見送ってから、二人分の食器を片付ける。
その行為がなんだか嬉しくて、思わず頬が緩むのを感じた。
改めて好きだと実感し、求めているのは自分の方だと気付く。
生かせるのも、殺せるのも、僕だけであって欲しい。
醜い思考が、頭の中をぐるぐると駆け巡る。
「上がったよ。」
「あ、うん。じゃあ、僕も入ってくる。」
「いってらっしゃい。」
さらりとした彼の髪に指を通し、小さく微笑んでその場を後にした。
部屋に戻ってくると、彼はベランダで月を見ていた。
その背中が愛おしくて、後ろから抱き締めるよう、肩に顎を乗せる。
擽ったそうに目を細めたけれど、振り払われることはなかった。
「風邪引くよ。」
「うーん、もう少し。」
「何かあった?」
「雅也のこと、考えてたんだ。」
予想外の言葉に顔を覗き込むと、複雑な表情をしていた。
別れたくない、咄嗟にそう思った。
身体を離して隣に並び、次の言葉を待つ。
すると彼は前を向いたまま、僕の袖を握って話を始めた。
「...俺が過去を克服できたら、雅也は居なくなってしまうのかなって。」
悪い予感は外れ、安堵のため息が溢れる。
彼の方に向き直し、目線を合わせた。
「嫌だと言っても離す気はないよ。同情じゃなくて、好きで傍に居るんだから。」
「..最初は恋愛感情なんて、よく分からなかった。でも、今はちゃんと分かるよ。雅也が好き。」
初めて聞く彼の気持ちに、耳まで赤くなる思いだった。
それは言った張本人も同じようだ。
恥ずかしさで俯く彼の耳元に唇を寄せ、そっと囁いた。
「誰にも渡さない。例え、僕の身体が壊れてしまっても。」
「..え?」
「なんでもないよ。戻ろうか。」
腑に落ちないといった顔をしていたけれど、手を引くと諦めたように頷いた。
僕には、知られたくない秘密がある。
隠し通せるまで、黙っておくつもりだ。
「冷えたし、もう寝ちゃおうか。」
「..そうだな。」
再び部屋に戻り、同じベッドに潜り込む。
狭いのに、何故かそれが心地好かった。
体温を確かめるように抱き合い、そのまま目を閉じる。
どうか彼が今日は、魘されず眠れますように。
「..っ..」
割れるような頭の痛みで、目が覚めた。
カーテンの隙間から洩れる朝の光が、更なる痛みを誘う。
水分を取りたくて起き上がると、彼が目を覚ましてしまった。
「..ふわぁ..」
「ごめん..起こしちゃったね..」
「それは良いんだけど..顔色悪いよ..?」
「平、気だから..」
心配そうに此方を見る彼の目を欺く為、柔らかく笑って立ち上がった。
宙を浮いているような、ふわふわとした感覚が気持ち悪い。
台所へ行こうと歩みを進めると、ぐらりと視界が揺れ、そのまま床に崩れ落ちた。
「雅也..!?」
「はぁ..っは..けほ..っこほ..」
身体に力が入らず、この場から動けなくなってしまった。
呼吸が乱れて、生理的な涙が溢れてくる。
尋常じゃない程の汗が、一気に体温を奪っていく。
「..寒..い..っんぐ..ッげほごほ..!!」
込み上げる嘔吐感に口元を抑えると、指の隙間からポタポタと血が滴り落ちた。
激しい咳に抗えず、只ひたすらに繰り返す。
徐々に焦点が合わなくなっていき、全身が痙攣し始めた。
「い..っ嫌ぁ..!」
「..だい、じょ..ぶ..だ、よ..」
息も絶え絶えに言葉を紡ぎ、そこで意識は途絶えた。
目を覚ますと、毛布を掛けられベッドに横になっていた。
あれから、どれくらいの時間が経ったのだろう。
彼は膝を抱え込んで、不安そうに俯いていた。
「せ..な..」
「...!良かった..」
勢いよく顔を上げ、ふにゃりと彼は笑う。
でもすぐにそれは消え、不安に満ちた声をあげた。
「...心配してくれたんだね。」
「当たり、前だろ..っ」
「ありがとう。」
「...昨日の言葉に関係があるんでしょ..?」
もう誤魔化しきれないと分かっていても、なかなか話す決心がつかない。
真剣な眼差しが、痛い程に突き刺さる。
長い沈黙に耐えられなくなり、僕は重い口を開いた。
「..うん。昔から体が弱くて、医者から永く生きられないかもしれないって言われていたんだ。でも、高校に入学してからずっと体調が良かったから、もう大丈夫なんだと思ってた。不安ではあったけどね。まさか昨日の今日になるなんて、思いもしなかった。」
場の空気を軽くしようと口角を上げてみたけれど、彼の悲痛な面持ちが緩むことはない。
こんな顔をさせる為に、今まで一緒に居たんじゃないのに。
「治らないの..?」
「.....」
「そんな..嫌..やだよ..っ」
「ごめんね..」
泣きじゃくる彼から目を逸らし、僕は謝ることしか出来なかった。
この日を境にして、急激に僕の身体は死に近付いていった。
激しい咳と吐血を繰り返し、酷いときは痙攣を起こして意識を失うこともある。
食事を受け付けなくなり、ベッドから起き上がれる回数が減った。
それでも病院に連れ出そうとはしない。
彼の企みも知らず、これが優しさなのだと勘違いしていた。
少し体調が安定し眠っていると、首に違和感を感じて目を開けた。
すると、彼が無表情で僕の首を絞めていたのだ。
「..ぐ..っ」
「..ふ、はは..」
服を引っ張ると急に笑い出し、パッと手を離した。
もう弱った奴の相手をするのは、嫌になってしまったんだ。
そう思ったけれど、彼から発せられた言葉は、予想を反したものだった。
「げほ..っげほ..」
「永遠に傍に居られる方法を見つけたんだ。」
「せ..な..?」
「一緒に死のう、雅也。」
嗚呼、そういうことだったのか。
狂ってると貶した方が、彼は幸せになれるかもしれない。
でもこれを、僕は嬉しいと思ってしまったのだ。
彼の想いを理解し、そっと頬に手を添えた。
「置いて逝くなんて許さない。」
「..ごめん、そうだよね。」
「独りにしないでよ..」
「..うん。死んじゃおうか、一緒に。」
怠い身体を起こし、二本の包丁を手に取った。
一本は僕の胸に、もう一本は彼の胸に当てる。
そしてそのまま最初で最期のキスを交わし、抱き締め合うように力を込めた。
「「愛してる。」」
飛び散った赤は、花弁と錯覚する程に美しかった。
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