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Chaleur-熱-
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リシャールが転校して来てから4ヵ月程経っただろうか。
会話が出来るかは分からないけど、ある程度のフランス語は理解出来るようになったと思う。なんとなく言いたい事は把握出来る。ただ、肝心の話し掛けるタイミングが全くと言って良い程に無い。
「なぁ、お前今日顔色悪くねーか」
「…いつも通りだと思うけど」
俺の顔をいつものように覗き込んでそう問い掛けて来た堂前に心臓が跳ねた。実際今朝から薬さえも効かないくらいに頭痛が酷い。でも、誰に言った訳でもなければ態度として表してすらいないはずだ。それでもこいつには分かるのだろうか。本当に毎回堂前の観察力には驚かされる。
「ちゃんと食ってんのかよ。独り暮らしだからって手抜いてねーだろうな」
「…お前は俺の母親かよ」
「俺で良いなら幾らでもお前の親になってやる」
「……物の例えだろうが」
そうだった、こいつにはもう両親の話をしていた。どういう経緯でこいつに話したのかは覚えてないけど、確かにこいつにだけは全部話したはずだった。
「やっぱ体調悪いだろ、お前」
「…過保護」
心なしか自分の声が少し掠れたような気がした。
「俺はな、心配なんだよ。黒崎が危なっかしいから」
そう言ってあからさまに心配そうな顔で俺を見つめる堂前に半ば呆れながら目を細める。大丈夫だと言わなかったからなのか、けれど、例え言ったとしても体調が良くなる訳でもない。
交通事故で両親を亡くしている俺にとって、堂前がこうやって大げさにも心配してくれるのは素直に嬉しい。だんだん激しくなって来ている体の怠さも少し休めば治ると思う。実際あと数分で学校は終わる筈だから、真っ直ぐ帰宅しよう。
時間を潰す為に鞄からフランス語のテキストを取り出し、開く。少し霞んで見える視界はきっと目が疲れているから。
「…フランス語?」
堂前が眉を上げてそっと覗き込んで来た。俺はそれに短く肯定した。正直頭がぼうっとして働かないし、眺めているに過ぎないが。
「なんだ、何があった。…は、お前今どこにいんだよ」
その声に顔を上げると、堂前はスマホで誰かと通話していた。そして話ながら立ち上がると、申し訳なさそうに肩を竦めて俺の頭を撫でた。目を離せないでいると、堂前はそのまま自分の席に置いてあった鞄を持って教室から姿を消した。
忙しい奴だな、ほんと。
息をついたのとほぼ同時にチャイムが鳴った。重い体をゆっくりと起こして席を立つ。次の瞬間、俺の体は誰かによって抱きとめられていた。揺らぐ視界に自分が倒れかけた事を悟った。頭を抱え、足に力を込めて自力で立とうと試みる。
「大丈夫?」
頭上から降って来たその言葉はフランス語だった。咄嗟に片言のフランス語で大丈夫だと返して顔を上げると、目の前には想像通りリシャールがいた。ということは、抱きとめてくれたのは東雲なのだろう。
「フランス語が話せるの?」
流石にネイティブのフランス語は流暢過ぎてよく分からない。でもきっとそう言ったと思う。
「…少し、だけなら」
驚きと歓喜の表情を見せたリシャールを見て、自分のフランス語が通じた事に安堵した。
「大丈夫なわけねぇだろ、お前。自分の足ですら立ててねぇのに」
「悪い、東雲」
「…いや、謝る事じゃねぇけどよ。無理すんな」
今まで話した事と無かったからわからなかったけど、東雲はすこぶる優しい。だから親しい間柄でもない俺を家に招き入れ、頼んでもいない世話を焼いてくれる。
「黒崎、ここ座って。つらかったら横になってくれて構わねぇから」
「…ああ」
俺の体はもう熱に浮かされていた。東雲に言われた通り、ソファーに腰を沈める。東雲とリシャールが話している声が遠くに聞こえる。
会話の理解を拒否する頭に眉を寄せ、重い瞼を閉じた。
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