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存在 4
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ねぇ、時生さん。
俺の存在ってなに?って聞いたらさ。
あなたはなんて答えるのかな。
ぎゅっと目を瞑って何も見ないようにして。
今は与えられている快感だけを追った。
「ときおさん…、すき…」
うわごとのように、何度もそうつぶやきながら。
カチャン。
黒と青のカップが互いに軽くぶつかったそこから、陶器の音が響く。
時生さんはシャワーを浴びに行った。
その間にソファや床に散らばった情事のアトをキレイにした俺は、別に置いておけばいいのにテーブルに残ったままの二つのカップを片付けるべくキッチンの流し台に持って来たところだった。
おそろいの、マグカップ。
あの人の、存在。
いつだっただろうか、俺はこの家にストールを忘れて行ったことがあった。
忘れたことに気づいてなかった俺は、家に帰る途中に珍しく時生さんから電話がかかってきて、戻ってこいの一言に舞い上がって戻ったことを覚えてる。
戻ってこいなんて、まるで自分の存在を欲してくれてるような。
そんな幸せな気持ちで戻った俺は、すぐにそれは俺の勘違いだと悟った。
部屋の扉が開いたその次、突き出されたストール。
そこで始めて忘れたことに気づいた。
そして言われた、言葉は。
「置いて帰んな。お前の存在を残されちゃ迷惑なんだよ」
言われたときはショックで悲しくて。わざと忘れたワケじゃないと言いたかったけど言えなくて。
そんなに俺の存在が疎ましいんだろうかと、挫けそうになった。
それでも嫌いになれなくて、性懲りも無く時生さんに会いにのこのことマンションを訪れる。
その時から俺は、自分の存在をこの家に残すことのないように忘れ物が無いか気を配り、そして香水をふるのさえやめた。
強制されたわけじゃない。
存在を残されちゃ迷惑なんだよ。もう、そんな事を言われたくなくて、自己防衛しただけだった。
今思えば、存在を残されて困るのは、恋人がいるからなんだろう。
それを知ってしまった日から、俺は言い表しようの無い罪悪感を持つようになった。
水道のコックを上にあげ、勢い良く水を出し、カップを洗う。
別にこれは、罪悪感からくるものじゃない。
むしろその逆で、ここにあるあの人の存在を消したかったからだ。
乾いたコーヒーのアトは、スポンジで軽くこすっただけじゃ落ちなくて。
それがまるで、存在を主張しているかのように思えて。
醜い、嫉妬心。
俺の存在はこの部屋にはないのに、あの人は。
綺麗になったマグカップを布巾の上に置き、俺は壁越しにあるお風呂場を見つめた。
そして床に置いたままの自分の荷物を手に持つ。
ーー帰ろう。
待っていようかと思ったけど、この醜い感情を処理しきれなくて。
そんな自分を見せたくなくて、俺は逃げるようにこの部屋を後にしたーーー。
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