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至情
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『時生さん』
どこか甘えのある、そしてひどくぬくもりのある呼びかけ。
呼ばれるたびに胸に染み渡るのは、なぜなのか。
遥が呼ぶと、俺の名前は特別な響きを持つような気がしてならない。
窓から見下ろした景色はすっかり色を変え、うだるような太陽の光はなりを潜め窓越しでも分かるほどに空気が冷えている。
俺は、どこか淋しさが広がる風景を見下ろした。
この病室は、正面玄関が真下に広がる。
だから遥が来るところも、そして帰っていくところもその姿を目にすることができた。
影が駅に向かって小さくなっていく。
その後ろ姿をただ眺め、そしてさっきまで触れていたぬくもりをたどった。
『時生さん』
呼ばれるたびに、沈んでいくもの。
穏やかに凪いでいるその『情(おもい)』は深く、そして…心地いい。
『好きだよ』
幾度となく紡がれるその言葉。
俺からの言葉を強要することはなく、ただ遥はその言葉を伝えてくる。
────遥。
遥の気持ちの上にあぐらをかき、突き放すことも総てを受け入れることもせず、中途半端な俺を…おまえはその優しさで迎え入れる。
────遥。
どうしようもなく、胸がかきむしられる。
────遥。
誰に乞えば、望みを叶えてくれるのだろう。
叶うことなど…ないのに。
────遥。
俺はただ………おまえを呼ぶことしかできない。
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