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ひとりだったと
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気付いたのが、幸いなのか不幸いだったのか。
「…夏の、インターハイに向けて各自、体力作りとチームワークの向上を目指すため、新しいメニューに取り組む様に」
新学期が始まり、俺は3年に成った。
春は忙しい。
1日が忙しなく、過ぎてゆく。
最後のインターハイに力を注ぎ込むため、俺の所属するバスケ部は毎日朝練と居残り練習を繰り返していた。
副部長を務める俺も、例外では無く、
新入部員の指導や世話、部長の補助また、雑務等に追われる日々を送る。
「朝練おわりーーーーッ!!!!全員集合!!1年は速やかに後片付けと掃除を行うように!!」
部長である、柳屋の大声が体育館に響く。
ハイッッ!!!!!!と威勢のよい1年の声と一緒に、キュキュと無数の靴が床を鳴らす。
その音を背に、俺はベンチの隅に置かれたタオルに手を伸ばした。
顔に張り付く濡れた髪をそのままに、滴る汗を拭くためタオルに顔を埋めた。
(…つかれた、)
2、3回息を吐き出す。
身体の疲労感がじんわりと、自分の身体全体を包み込む。
それが、心地よいと思うのは俺だけではないはずで。
最近は本当にバスケばかり。
バスケにのめり込んでる間だけは、嫌に頭を使わなくてすむからだ。
(何かに取り組んでいるだけで、こんなにもあんたを忘れられるのだから)
こめかみから一筋の汗が滑らかな頬を伝う。
ポタッと零れ落ち、床を濡らした。
「世能、大丈夫か?」
右肩を掴まれ、びくりと身体が飛び跳ねる。
ゆっくりと振り返ればバスケ部の部長、柳屋 躬(りゅうや みと)が怪訝そうな表情で立っていた。
「…あ、嗚呼。わりィ、ちょっとぼおッとしてた、」
左手に掴むタオルを首に巻き、俺らしくもないにこやかな笑顔で答える。
柳屋は、短髪の頭にタオルを置いたままジッと俺を観察しては、小さくそうか…と呟いた。
「もう直ぐ、俺らの最後のインターハイだ。副部長であり、このバスケ部のエースとしてお前の力が必要不可欠だからな。頼むぞ、世能!」
ニッと爽やかに大きな口を開け、柳屋は口にした。
この男は俺なんかよりも、バスケ一筋。妥協なんてもんは許すことのない、自分にも他人にも厳しいヤツ。
「わかってるよ。柳屋こそ、大事な時期なんだから去年みてーに無茶だけはすンじゃねーぞ、」
バシンッと強く柳屋の背中を叩いてやる。
ガタイのいいこいつの背中は、石みてェに硬く、手のひらはジンジンと熱を帯びる。
「ーーーーー…ッてェッッ!!!!!!やめろよッ、テメェ!馬鹿力なンだからよっ、!」
しかし、この男はでかい図体の癖して、大袈裟に眉をひそめ身をよじった。
…まぁ、思いっきり強く叩いてるしな。
「あ?ンな痛くねーだろ?だってお前、すげー筋肉持ってるし」
「…〜〜〜ッあのなァ!そう言う問題じゃねェンだよッッ!こンの馬鹿!!」
柳屋は凄みながら、吠える。
図体でけェと声まででけェンだなって感心しながら、流石に煩いので両耳を手のひらで覆って防御。
「ハイハイ、うるせーから、喚くな。…本場はしっかりやるから心配すンなよ、じゃあな」
ひらひらと手のひらで柳屋をあしらう。
やっぱコイツには誤魔化せてないみたいだと、苦笑が溢れた。
ペットボトルを手に取り、体育館を後にする。
後ろで、柳屋の引き止める声が聴こえたが、俺は聞こえないふりをした。
ペットボトルの蓋を開け、歩きながら口を付ける。
こくこくと喉を動かし、スポーツドリンクを飲み干す。
一息、ようやくつくことができた。
安堵の溜息にも似た息を吐けば、再び思考が訪れる。
(しっかりしろよ、誰にも気が付かせるな)
瞼を綴じ、自分へと言い聞かせる。
こんなの昔の俺だったらあり得ないミスだ。
…そうだ、昔の俺だったら、こんな事でうろたえたり、周りに気が付かせる様なことをしなかったのだから。
「昔の、俺だったら…だけど、ね」
ハッと渇いた笑みを浮かべる。
そうだよ、何を戸惑う必要がある?
何を絶望することがあるんだ。
前の俺なら、昔の俺だったらこんなことで、一々傷付く事も無かったことだろ。
誰も何も信じない。誰も何も大切じゃない。
それが俺だ。
永遠、なんてものあるわけねぇって思ってたから。
一生、誰がそばに居てくれることなんてあるわけないって知ってたから。
だから、俺は誰かの特別にも、
誰かを特別とも思わなかった。
そんな俺に、誰がそばに居てくれる?
だけど、
だけどさ、
俺が、
あいつなら、
ナルだったら、きっと。
最初は迷惑だったんだ。
でも、あんたは、ナルは、いつまでもいつまでも、
好きになれない俺を"好きだよ"って、初めて言ってくれたから。
初めて、俺の隣にいてくれた人だったから。
それでも、違った。
やっぱり、違ったんだきっと。
"ナルだったら"
確信も根拠も無いそんな曖昧なものに縋ったから。
俺が悪い。
俺が浅はかだった。
…そうだろ?
ぐるぐると渦巻くのは、皮肉なものばかり。
……いや、違う。
そうじゃない。
そうじゃ、ないだろ。
「違う、…おれは、ッ…」
空のペットボトルを握り締める。
ペキペキッとプラスチックは音を立てながら小さく潰れてゆく。
どうしようもなく、感情ばかりが、先走り、暴走する。
信じられない俺と。
信じようとしない俺と。
俺という人間が、いかに、疑うことばかりしてきたのか。
やはり、疑うことしかできないのかと。
いっそ、あんたに出逢わなければよかった。
なんて、最低なことを頭に過ぎらせる。
信じようと、すればするほど。
あんたとの想い出を大切にしようと思えば思うほど。
どうしようもなく、溢れるのは虚しさばかり。
(あんたが悪いわけじゃない、)
それだけは、わかる。
わかってるよ。
ただ、初めから決まっていたことが訪れただけだ。
人は所詮ひとりで。
永遠など無くて。
愛や恋など一時の白昼夢で。
その夢は見続けることは、できない。
夢はいつか覚めるもの。
幻影の様に儚くも薄れてゆく不確かなものだ。
おれが、今もむかしも、そしてみらいも。
ひとりだったと、気付いたことにもう後戻りなど出来はしない。
其れだけが、確かで確実な真実。
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