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七色 タイフーン
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七色 タイフーン
「慰謝料、払ってよ」
そう言って笑ったアイツの目はビー玉のようだった。
いつも、誰かを気遣って、オレ達の間にいた、どこか頼りなく、暖かい存在。
そんな彼を、オレはこんな風にしてしまった。
オレのみならず、サークルの先輩さえ翻弄してみせる程の強かさを見せ付けて、何処かへ立ち去った。
「一体何なの?あの子ったら、どうしちゃったのよー?」
花山さんが金切り声をあげたけど、それはその場にいた人の総意だったに違いない。
「ナカタ君、中出し…したの?」
コンドームの箱を指差してソノダが言った。
…今それを聞くのか?
軽く殺意を覚えた。
「それが何かアンタに関係あるの?ミズ・ソノダ」
強気で美人なソノダには有名な噂があった。高2の時に、不倫相手の子供を堕ろしたとかいうソレは、どう見ても噂の域を出なかったが、今はこれくらいのアテコスリは言わなきゃ収まらない気分だった。
「最っ低!!」
案の定、強烈な平手を喰らった。
…あー、痛てぇ。
「なぁ、さっきサカセと会ったんだけど…?」
アオキが入ってくるなり、平田さんが顔を上げた。
「それ、ドコ?」
「正門です。駅に行くみたいだったけど。アイツ、こんな時間に…実家で何かあったのかな?」
何も知らない色男は、心配そうにそう呟いた。
『実家』その単語に、皆が顔を見合わせる。
今のサカセが向かうなら、たぶんソコしかない。
「ねえ、サカセくんの実家って何処だっけ?」
何気ない風を装って、ソノダがアオキに問う。
「…何だっけ?デカい城で有名なとこじゃなかった?」
「城って、大阪城?」
「いや確か、姫路だった、と思うよ」
平田さんが真っ直ぐオレを見ていた。
「あの子のスマホ、さっきから、全く繋がらないのよ。電源切ってるのかしら?」
カツカツと花山さんが机を叩きながらボヤく。
…そりゃ、そうだろう。オレだって、今はスマホの電源を切りたい気分だ。
「とにかく捜そうよ!絶対、このままにしちゃいけないと思う」
ソノダの一言に頷いたオレ達は、一斉に駅へと走り出した。
「姫路って、西、だよな?」
駅にはスーパー台風が来るとかで、午後からは西日本の主要鉄道が運休になるとの旨を伝える貼り紙があった。
「じゃあ、まだその辺にいるのかも」
ソノダは他の女子と学校近辺へ戻った。
「ナカタは行けるとこまで行ってみなよ。あたしら、実家や同じ地元の子に電話して、行きそうなとこ聞いてあげるから。ほら!グズグズすんな、走れ!!」
花山さんの大声に押されて、改札を抜けたオレは、ホームへと走った。
取り敢えず、何とか大阪までは行けるみたいだ。
列車に乗り込む間際、アオキからメールが入った。
「神戸にいるかも。」
見慣れない住所の後に、もう一言あった。
「頼んだぞ」
なんだかよく解らないけど、胸がアツくなった。
何だっていい。
顔を見て一言謝りたい。
それで、許されるとは思わないけど。
今、オレに考えられるのは、アイツに会うことだけだ。
何度も駅員に訊いて、何度も面倒な乗り換えを繰り返して、ようやくその駅まで辿り着いた。
この坂を真っ直ぐ上がって行けば、サカセの叔母の店に着くらしい。
入り組んだ路地の奥にその店はあった。
『観月』
どうやら、喫茶店っぽい。オレがその戸を開けようとした時、背後から声が掛かった。
「すいません、今日はもう…」
この声!?
考える余裕は無かった。
「サカセっ!!」
身体が動いた勢いのまま、思い切り抱き付いて、叫んだ。
…ああ、本当に居た。
花山さん達に、マジで感謝した。
「こんなとこで、何やっとんの?」
「イヤ、その、何っていうか…サカセこそ、どうして此処に?」
関西独特のイントネーションがまるで他人のようで、違和感がハンパない。
「先にコッチが聞きよるねんけど?」
ツッコミと同時に冷たい視線が、突き刺さる。
「サカセを捜しに。それから謝りたくて」
「はぁ?…謝って済むんやったら、警察要らんやん!?」
ギリッ。
奥歯を噛み締める音まで聴こえる距離で、頭を下げた。
「すいませんでした。申し訳無かったと思ってます。」
「謝らんでええから、今すぐ元通りにして?ぜーんぶ、元の通りにしてみろや!!」
投げつけられた『全部』という言葉の重さに、震えが走った。
そこでようやく、オレは自分の浅はかさを思い知る。
レイプしたのみならず。
あの画像を送信した瞬間に、オレはサカセを貶めるレッテルを貼り、その将来の夢までを奪ったのかもしれない。
そんな鬼畜が、どの面下げて謝るだって!?
ああ、だけど。
どうしても、会いたかった。
フラフラと、腕を延ばしかけて、拒絶される。
「触んな!」
ふと目が合った瞬間に、今までずっと酷い勘違いをしてた事に気が付いた。
「…オレ、サカセが好きだ」
自分には、アオキに対する特別な感情があると思ってた。何度振り払っても、無視しきれない。そんな存在に苛立ちつつ、認めるしかない、と感じた。けれどソレは、たぶんコンプレックスからくるモヤモヤで。
アオキもたぶん、オレに対して同じようなモノを感じてたんだろう。だから、当然のように何かの時には、傍にいた。
サカセもアオキに対して、憧れる部分はあったろうし。明らかにオレを頼って安心してる節も見受けられた。
オレ達は各々妙な感じで繋がってたんだ。
ソレが昨日、最悪の形で暴発してしまった。
「脅して、犯して。次は嘘っぱちか!?ふざけんな!!」
ガッ!
殴られたのか、塀にぶつかったのか、とにかく痛くて、目の前がチカチカした。
「こんな事言ったら、また怒られそうだけど。サカセだって、オレのこと、嫌いじゃない、だろ?」
「はあ?何言うとんの?アンタの目ぇは節穴か!? 」
ビュン、ザザァ
突風に、木立が揺れてざわめいた。
一瞬、千切れてしまいそうな位しなった木々に、危険を感じたオレは、サカセの腕を引いて、店の軒下に入った。
見上げた空は、もう真っ黒だ。
「一時休戦。…風、強くなってきたから。帰り道、どっち?」
目を怒らせたままサカセが答える。
「そんなこと、アンタに言うわけ無いやろ?」
「…まぁ、教えたく無いのは分かるけど。台風が来ちゃう前に、帰った方が、良くない?」
「放っとけや!」
「ムリ。」
「なんでやねん」
「さぁ?オレ以外に触らせたくないから、…かな?」
明らかにドン引きという顔をして、サカセが後退った。
「嫌なら、離れても良いけど、逃げないでよ。なんだかスゴく傷付くから。まぁ、こんなオレと2人きりじゃ、当たり前の反応なんだろうけど」
笑いながら、ちょっと泣きそうになった。
サカセは気まずそうに目をそらし、俯いてしまった。
「…あのさ。実はサカセがオレとソノダのこと、勘違いしてるって、結構前から気付いてたんだ。それで、いつも気を遣ってくれてるの、申し訳無かったんだけど。そんな健気な姿がちょっとヤミツキっていうか…いや、最初はさ、すげー優しいなぁとか、サカセと付き合う子は幸せ者だなぁとか、そんな感じだったんだよ、マジで。それが、段々オカシクなってきた。サカセが隣に居るのが心地良すぎて。ずっとこのままがいいって勝手な妄想し始めてて…それであの日、オレよりアオキかよ!?ってブチキレたんだと思う。…ごめん。」
呆気にとられたような顔が、みるみる真っ赤になって
「バカバカバカッ!!このドアホ~っ!」
と絶叫した。
「そんなこと、もっと早くに教えてよねっ!!」
泣きながら、華奢な身体が飛び付いてきた。
「うん、ごめん。でも、オレもさっき解ったばっかだからさ」
「ナカタくん…」
潤んだ瞳に引き寄せられるように、キスをした。
ガタガタン!!
強い風に煽られた看板が、大きな音をたてた。
「こんなとこおったらアカンわ。コッチ来て!」
「えっ!?…行っても、良いの?」
キリリと唇を結んだ横顔に問い掛ける。
「ええに決まっとうやろ!!」
走って!と急かされて、必死で坂道を駆け下りた。
「ただいま!カレシ連れてきた!!」
え!?
カレシ?
って、オレ、だよな!?
じわじわと、恥ずかしい気持ちが込み上げてきた。
サカセってば、意外とオトコマエ…
「まあ、どうぞ」
叔母さんらしき人がお茶を置いてくれる間、オレは身動きひとつ出来なかった。
「上着、ソコに掛けて。ゆっくりしてよ」
こうやって笑う顔も。
どんなサカセも
いつまでも
ずっと見ていたい。
「…ナカタくん?眠いんやったら、お布団敷こか?」
おふとん。
なかなか絶妙なエロスを感じてしまうな、関西弁マジック。
「アカンて、ホンマに。やめてよ」
上目遣いとか
恥ずかしそうな顔とか
ますます離してやれなくなる。
「もう少しだけ」
「ちょっとだけ?」
「うん。もうちょっとだけ」
こうして、腕の中で微笑みながら、狡くて卑怯で嘘つきなオレを海の向こうまで吹き飛ばしてしまってよ。
愛しいタイフーン。
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