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千邪一鵺
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「やぁ、おはよう。」
閉ざされていたドアから入ってきたのは、代わり映えのしないボサボサ頭にヨレヨレの白衣。
「よく眠れたかい?」
今日も朝から繰り返される、バカな問答。
何度こんな虚しいことをすれば、このとち狂った男は自分の間違いを認めるんだろう?
「速水くん、私と少し話をしようか。」
―話?
ただあんたがくっちゃべってるだけだろう。
俺は鼻で笑った。
選択肢は、最初からひとつしか用意されてない。
これは只の茶番、ゴッコ遊びだ。
「キミも覚えていると思うが。去年の7月11日。例の現場での話だ。」
ずり下がった眼鏡を押し上げながら、男は資料から顔もあげずにリモコンを操作した。
そして『あの時』がスクリーンに映し出される。
「あの時、キミの意識レベルでは、対象者を射殺なんて到底無理だった筈だ。」
スクリーンの画面が切り替わる。
幾つもの怒号とわき起こるように響く銃声。
バタバタと画面右側で人影が倒れた。
そして最後に、何処からともなく現れた血塗れの俺が、カメラを睨み付けて一発。
画面は真っ黒になった。
「だが、この映像を見る限り、キミは正解に対象者を撃ち抜いている。」
ふぅ、と軽く溜め息をついて、男は何万回も繰り返した質問を口にする。
「なぜ、こんなことが出来たのか?その理由を教えてくれないか。」
「解らねえよ。」
俺は、それきりダンマリを決め込む。
「キミ達の課では何か特殊な訓練を繰り返し行っていたんじゃないのか?」
特殊訓練を行う為には、上の許可が必要だ。
その上から睨まれてたのが、ウチの課だ。
俺達にそんな訓練が積めていたなら、あんな現場に全員で突っ込まれなくて済んだ筈。
犬死にしないで済んだ筈だろうにさ。
こんな風に、ちょっと考えれば解りそうな事をコイツは見逃し過ぎている。
デタラメを信じ込んだ天才ほど手に追えない者は無い。
溜め息を吐きたいのは、こっちだって。
「…それじゃあ、仕方が無いなー。」
何故か歌うようにそう言うと、男は何かをポケットから取り出した。
「今日こそはちゃんと、言えるように、してあげよう。」
ゾッとするくらいに優しげで穏やかな笑顔。
―ああ、いつもの流れだ。
どこかで諦めながらも、俺は密かに決意した。
―絶対、言うもんか
ヒトの気持ちなんて
数字しか信用してないコイツに、解るワケが無い。
『あの時の俺』を増産しようとしてる、狂ったヤツラになんか…。
ピピッ
こめかみに取り付けられた器具から、薬が注入されたらしい。眉間がジワッと痺れて、目の前が霞む。
真っ白な視界。
少しずつ、体が軽くなる。
「アサト、私だ。…聴こえるか?」
心に染み入るようなハスキーで低い声。
―ん?
ああ、杜か。お前、死んだ筈だろ?
事切れたまだ温かい体を俺はあの日、震える腕で力一杯抱き締めた。
「何を言ってる。寝言は寝て言え。」
―ハッ、相変わらずだな。
死んでも元気そうで、何よりだ。
「お前こそ、相変わらずだそうじゃないか。…博士から聴いたぞ?」
懐かしい三白眼が、ギロリと俺を睨みつけた。
「何があっても、目上には逆らうな。何度オレに同じ事を言わせるつもりだ?」
―目上?
ああ、あの馬鹿のことか。
アイツ、俺の言う事を半分も解っちゃいないんだぜ?
それに。もう今更だろ?
俺は何も話す気はないね。
「アサト。もういいから、楽になれ。オレが保証する。悪いようにはしない。」
―だからさ。
保証なんか俺は欲しくねえし。
俺はただ、あんたとあのまま…。
でも、失敗して、このザマだ。
「さっきから何をブツブツ言ってる?早く来い!出動だ!!」
―いいや。まだ、俺はそっちへは行けねえ。
コレばっかりは、あんたの命令でもきけねえよ。
悪いな。
「おいっ!アサト?」
―なんかムカムカすんだよな。
今日は、これ以上あんたと話す気がしねえわ。
じゃあ、またな。
ピピッ
『意識レベル上昇。マモナク覚醒シマス。』
「よう。またしくじったな。」
ギッと俺を睨み付けた眼鏡の奥の瞳が残忍な光を放つ。
「この死に損ないがッ!!」
勢い良く椅子ごと背後の壁に押し付けられたが、所詮は非力な科学者だ。
痛くも痒くもない。
だが、やられたら、やり返す。それが、俺達のルールだからな。
俺は体を捻るとヤツの鳩尾へと指の無い拳を思い切りぶちこんだ。
「グエッ!カハッ…」
口から飛び出した吐瀉物が肩にかかった。
「あーあー。汚ねーなぁ。」
「うるさい!黙れっ!!」
「吠えてねえで、とっととキレイにして出てけよ。」
「チッ!」
この世のどん詰まりで、死ぬまで繰り返される
コレは税金のムダ遣いか?
―いや、違うな。
アブナイ薬を頼りに
二度と逢えない男と会話する為だけに、俺は生き続ける。
次に目覚めた時
無くなっているのは左足だろうか?
いい加減、寝ている間に俺の体を盗んでいくのは、止めて欲しい。
それが社と話す代償だと言われれば、仕方無い気もするけどな…。
ピピッ
『休眠モード開始』
「モーリス博士。」
「ああ、杜くんか。」
「速水の状態は?」
「善くないな。バディであるキミのデータを入れた途端、ロックがかかったようになってしまった。」
「そうですか。…そのシャツは?」
食い入るように杜は、染みのついたシャツに見入っていた。
「コレは、速水の?」
「いや、違う。薬のせいか別の患者が、激しく噎せてね…。」
モーリスは、涼しい顔で杜の粘つく視線を振り払った。
「復帰はいつになりますか?」
「まだ判らん。指や膝を新品に付け替えれば、すぐにでも交番勤務くらいなら出来そうだが。せっかくのヒューマノイド。それも選りすぐりのハイブリッドの内の1体だからな。何とかして早く現場へ戻せと毎日のように上からせっつかれている。」
「では、面会は?」
「負荷検査が済んで、今は眠っている。またにしろ。」
「では…失礼します。」
「杜くん。こんな所に日参する暇があったら、テロリストを1人でも多く捕まえたまえ。それが、速水くんや仲間に報いる一番の方法だろう?」
「言われるまでもありません。…では。」
踵を返した杜の肩から虫のようなものが、静かに飛び立ち、モーリスの頭頂部へと着地した。
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