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洋講堂再び 3
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潤の美しい顔は、少し上気していた。
僕の顔にかかる息が熱かった。
僕は、性的な、うち明け話をされた気恥ずかしさに、まともに潤の表情を見ることができなかった。
僕の心臓は、さっきから破れそうに高鳴っていた。
僕が、何も答えられずに固まっていたので、潤は、さいわい、身体を少し離してくれた。
それでも、話題は変えずに、
「椅子に座ってする時もあるし、立ったままの時もある」
と、潤は、ゆっくり歩きながら語った。
潤は、魔力に捕らえられたように鏡を見つめる僕の、右側にまわりこみ、立ち止まった。
僕の右肩に、左手をかけて、潤も鏡を覗いた。
僕は、恍惚とした表情の、鏡の中の潤を見た。
鏡の中の潤と、目が合った。
射抜かれるような視線に、僕の心臓は、釘付けにされた。
痛い……胸が、痛い……。
僕は、焼け焦げるような、切ない胸の痛みを感じた。
「どうしたの?」
潤の甘い声が、空間に響くようだった。
「胸の真ん中が、痛い」
僕が、自分の胸腺のあたりに左手を当てて、痛みを、訴えた。
潤の右手が、優しく僕の左手を覆った。
その感触に、危うく、ため息が出そうだった。
鏡の中の僕は、苦痛に眉根を寄せていたが、潤に手を触れられると、僕の表情は、やわらいだ。
潤の右手は、優しく、僕の左手を、胸腺から、退かした。
「ここが、痛むの?」
潤の右手が、僕の胸腺のあたりに触れた。
「そう」
潤の身体が近かった。
僕の唇は、鏡の中で、わなないた。
「傷口に触れられる、痛みと喜び」
潤が言った。
「え?」
「そんな表情だ」
潤が妖艶な笑顔を鏡に映した。
「ほら、こんなに血濡れて」
潤が、僕の目の前に、潤の右手の内側を見せた。
かざされた右手に、僕は、血の一滴も見出せなかったけれど、僕は、潤の云わんとするところを、なんとなく、感じ取った。
僕の感覚を、潤が感じ取ったことを、僕は感じ取った。
そもそもこれは、僕の感覚ではなく、潤の感覚を、僕が鏡のように、映しているのでは? とも思えた。
潤は、僕を通して、初めて、自分の感覚を、感じ取っているのでは?
それは、ぼんやりした、推測にすぎなかった。
「なぜ、潤の右手は、こんなに血濡れているの?」
僕が尋ねると、僕の肩にかけていた潤の左手に、ぐっと力が入った。
肩の骨が、砕けそうなほどに。
「俺が、やったんじゃない」
「え?」
潤の言葉は、まるで、被疑者の弁解のようだった。
「俺は、ただ、言われるままに」
潤は、先ほどの妖艶な様子とは、打って変わって、刑事ものの犯人のように、灰色になっていた。
「潤、潤?」
僕は、心配して、潤を、夢から覚ますように呼んだ。
潤は、我にかえったように、はっとなった。
「あ、ごめん」
「潤、大丈夫?」
「うん、ちょっと、言葉に、反応してしまっただけ」
「そうなんだ?」
僕は、何を言ったっけ? と思い返した。
ああ、そうだった。
胸に血が流れて、なんとやらだ。
「ええと、僕の胸は、なぜこんなに痛むのかな?」
潤は、深い淵から引き上げられて、岸辺に横たえられた死人から、復活して笑った。
「クピドの恋の矢に当たった者の苦悶」
潤は、いたずらっぽく笑いながら、僕の肩に置いていた左手を、腰にまわしてきた。
「彼らは、目隠しされているからね」
と潤は言って、僕の目の前に、潤の右手をかざした。
潤の右手が、僕の瞼を閉じさせた。
「しかも、弓矢の腕前が下手だったんだな。そんなに出血するなんて」
潤の温かな指の感触が、僕の胸をときめかせた。
潤は、戯れで、空想にはまっているのだろうと思った。
「違うよ、そんな甘い痛みじゃなくて、もっと、傷ついた悲しみの」
目を閉じた僕は、平衡感覚を失い、ふらっとなって、潤に支えられた。
僕は目を開けた。
潤の身体がそこにあった。
僕は潤の耳元に早まった息遣いが聞こえないように顔をそらした。
潤はそんな僕を両腕で抱き寄せた。
「なんだって、いいじゃないか? 痛みは、時に、甘いんだから」
潤は、僕の髪をかきあげてから、僕の顔を自分の方に向けさせた。
僕は、口づけの予感におびえた。
口づけされたら、どうかなってしまいそうだったから。
正面をさけた僕の唇は、潤の髪と首筋に埋もれた。
僕は、それでも胸の鼓動がせまって苦しかったので、息をしようと唇を開いた拍子に、舌先が少し潤の肌に触れた。
潤は、一瞬ぴくっと身体をかたくして、それから、息を吐いた。
「瑶、それいい。もう一回して」
潤の甘えたような声がすぐそこで聞こえた。
僕が、もう一度舌先で触れると、潤の僕を抱く腕に力が入った。
潤は、ふう、と息を吐くと、
「いいね。瑶って、やっぱり可愛い。瑤のこと好きかもしれない」
くすっと笑って言った。
「どうしよう? 瑶も反応しているね」
潤は、下半身のことを言っているらしかった。僕は羞恥を覚えた。
身を引こうとしたが、潤が僕の腰を強く抱いて、離してくれなかった。
互いに下半身が触れ合って潤の性器の反応も僕に伝わってきた。
僕は、どうしたらいいかわからず、泣きそうな気持ちになった。
潤は、二人の腰を強くすり合わせながら、うわごとのように、
「どうしよう?」
と繰り返した。
潤は、どうしようと言いつつも、僕を離そうとは、しなかった。
精神的な戸惑いと、身体的な快感に引き裂かれて、僕は惑った。
潤の胸を押して遠ざけようとするが、意外に潤の力は強くて、押しのけられなかった。
僕は上半身をのけぞらせたが、逆に、下半身を押し付けるような格好になってしまった。
僕は、ついに、誘惑に捕らわれて、逃れられない事態になってしまったと、恐ろしいような、泣きたいような、気持ちになった。
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