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エロース
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僕には、僕が潤に愛されるための特段の理由も思い当たらなかったことから、潤の僕に仕掛けた行為が、よくても、衝動的な欲望によるものだろうと、思うしかなかった。あるいは、興味本位で自分をつけてきた愚かな輩に対して、からかいの反撃にでたのだろうと思った。
それならまだしも、不特定な対象に対しての常習性の淫行だという悪い疑いすら想定された。
最初に、潤に、僕の名前を確認されたことから、潤が、僕に対して、以前から何らかの思い入れがあった可能性は、残念ながら、ほぼないと思った。
僕が、潤に、ひそかに魅かれていたように、潤も僕のことを前々から気になっていたのだったらいいのに、と僕は思った。喫茶室の大正ロマン的雰囲気もあいまって、僕は年相応のロマンスを望んだ。こんな美少年に愛されるのだったら、むしろ、異性との恋よりも、ずっとストイックゆえに官能的だと思えた。
あまりにもスムーズに誘導されたので、僕は、潤が、噂通り、恋愛行為、というより性的行為に、慣れているのは確かだと感じた。
「俺は、セクシャルなことに興味があるわけじゃないんだよね」
潤は、まるで僕の疑惑を見透かしたかのように言った。
僕は、潤の言う意味が、よくわからなかった。そういや、さっき、プラトンがなんとかと言ってた。
「なんだろう、つまり、俺は、恋愛とかなんとかには、うんざりしてるんだ」
潤は、顔の前で、ひらひらと手を振り、
「ロマンチックな恋愛をご希望なら、ほかをあたってよ」
と、僕を軽くあしらうように言った。
「肉の欲求を満たしたいなら、それはそれで、検討するけど」
潤は、皮肉な笑いを浮かべた。
潤をつけ狙う上級生らが、潤に具体的に何を要求しているのか、僕は、実は、よくわかっていなかった。
「上級生たちにも、そんな風に言っているの?」
「誰に聞いたの?」
潤は、迷惑そうだった。潤は、僕という人間の信頼度を値踏みするかのように、僕の姿やしぐさをじっと見た。
日ごろの噂から、僕は潤に、情緒不安定な印象を持っていて、潤に心惹かれている身としては、潤の行動が気になりはしたが、余り近寄りすぎず、遠くから見守るだけにしておいたほうが賢明だと判断していた。
なのに、なぜ、後をつけ、さらに誘われるままついてきてしまったのだろう。好奇心に抗えなかったせいもあり、潤の誘い方が自然で巧みだったせいもあっただろう。密室で、いきなり二人きりになるとは予測していなかったのだ。
その点、潤の側は、計画的に誘ってきた可能性があり、僕は、潤が僕にまた何かしかけてくるのではないかと不安を感じた。潤の言動から推してみても、噂通り、性的に乱れた悪癖の持ち主かもわからなかった。
やはり、潤のような面倒な人物と、これ以上関わらない方がいい、関わったら、危険なめにあうぞ、と僕の中で、警鐘が鳴っていた。
それでも僕は、なぜか潤を信じていた。自分も信じていた。
潤と、危険に巻き込まれるのなら、いっしょに巻き込まれてやる。そして、乗り越えてみせると思った。それくらい、潤のことを、いつのまにか愛してしまっていたのかもしれないし、単に僕が若くて愚かで無謀でロマンチストだったからかもしれない。エネルギーに満ちていて、英雄的な冒険へのあこがれがあったからかもしれない。
あるいは、運命とかカルマとかいうもっと強力な外部からの要因が理由だったのかもしれない。
僕が潤に心惹かれた、第一の理由は、単純に、ほかの多くの生徒と同様に、潤の美貌と、中性的な、見ているだけでも雰囲気に醸し出される性的な魅力かもしれなかった。
幸か不幸か、これまで、僕に彼との接点は少なく、自分から近づく勇気もなければ、機会もめぐってくるようには思われなかった。わざわざ危険な香りのする人物に、手痛く傷つけられるようなリスクを負ってまでも、近づこうとは思わなかった。そこまで強い関心はないと、すっぱい葡萄のように思っていたが、いざ二人きりという場面が訪れると、それまでの、様々な冷静な倫理的思考や懸念を吹き飛ばすほどに、ただ胸が高鳴った。それほど、目の前の潤の魅力は、恋愛経験にも性的経験にも免疫のない僕にとっては圧倒的で、あらがいがたいものに見えた。魔法にかかったように、僕は全てに屈服してしまいそうな、己を明け渡して征服されそうな危機に直面していた。
「どうしてキスしようなんて僕に言ったの?」
僕は、湧き上がる期待と、渇求と、そして、しつこく苦い、心を挫くような、錐のように、毒のように、胸を突き刺す、もやもやした疑惑を抱えて問うた。
「瑶が、そう望んでいると思ったからだよ」
「まさか」
僕は、はっきり否定した。性的に大胆な行為を、僕は、意識的には、けして願ってなどいなかった。
「でも、何らかの好奇心はあったんだろう?」
潤は、否定する僕に、不思議そうに、不審気な表情で、問いかけた。
「うーん、でも」
僕の、潤を逃したくない気持ちが、明言するのをはばんだ。正直に言ったら、そっぽをむかれてしまいそうな気がしたから。せっかく潤が僕に関心を持ってくれた、この機会を逃したくなかった。けれど潤に対する判断が定まっていなかった。
「だって、俺に近づくなんて」
潤は、疑わし気に言った。僕は、潤のさめた表情に、寂しさを感じて、妙に惹かれた。そうだ、僕は、潤を見ると、切ないような気持ちになるのだった。僕は、自分の中のわけのわからない切なさと、妙にリンクするような気がして、ここまで引っ張られてきてしまったのだと思った。つまり、そう考えると、少しもロマンチックでなく、つまらないような気もしたが、結局のところ、どこか、精神的に、心理的に引き合うものが、あったのだろう。
なんにせよ、僕は潤に、身も心も奪い尽くされる予感に、恐れとも期待ともつかず、わなないていた。
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