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「あの、一緒にお茶でもいかがですか?」
声変わり途中の掠れた声だった。
ここはいつも使っている大学の最寄り駅で、時刻は午後六時で、俺のコートの裾は誰かに掴まれていて、引っ張られた衝撃で眼鏡がずれて、恨めしく相手を見やれば学ランを着たイガグリ坊主で。
「は?」
「だから、あの、一緒にお茶でも」
俺が眼鏡を直しながら聞き返すと、学ランの少年は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
状況が把握できないのですが。
なぜ俺は、彼に呼び止められているのだろうか。
そもそもこいつは。
「誰!?」
「ひっ、」
思わず声をあげると、彼も飛び上がって掴んでいた俺のコートを離した。
もの言いたげな彼の口はパクパクと動くが混乱しているのか肝心の声が出ていない。
「あのさ」
「あの、俺、中井優って言います」
どもりながらも自己紹介をした彼と目が合う。
俺よりも少し高い身長に、年相応の骨の細さがある未成熟な体型。
丸坊主ではあるけど整った顔立ちの彼に見覚えはない。
「中井くん」
「はい!」
元気に返事をした彼は二カっと笑う。
若くはつらつとした笑顔だ……ってそんなことじゃなくて。
「どこかであったことあるっけ?」
「ないです!あっ、でも時々同じ電車に乗ることがあって俺は何回も見たことあるっていうか、顔なじみっていうか」
電車で見かけただけでは顔なじみとはいえないが。
「中井君さ」
「優って呼んでください」
「……優君」
「はい!」
出席簿でもとっている気分だ。
「状況を整理しようか」
「はい!」
「君の名前は中井優君で」
「はい!」
「俺とは面識がなくて」
「はい!でも俺は知ってますけどね」
得意げに言い切るこの若者は、若者はっ……。
「誰!?」
「中井優です!」
「それは分かったよ!でも、そういうことじゃなくて。だから、なんで」
「お兄さん」
混乱状態にある俺に中井優は言う。
「お兄さん、ここじゃあなんなんでそこの喫茶店入りませんか?」
#######
これはおかしい。絶対におかしい。
いつの間にか、この中学生のいいようにされていた俺はちゃっかり喫茶店にいて、コーヒー片手に暖をとっている。
「お兄さん、コート脱がないんですか」
正面の席には、謎の中学生中井優が同じくコーヒーを飲んでいる。
「お前だって、学ランじゃん」
「えっ、学ランって上着なんですか?」
知らんがな。
それよりもこの状況はいったい……。
「優君」
「はい!」
また、名前を呼んでしまった。
元気に返事をする彼は犬みたいで少し癖になる。
「この意味は?」
「へ?」
何を聞かれたのか分からないといった顔をした彼。
「だから、俺を喫茶店に呼び込んだ意味」
連れ込まれた今、未遂ではなくなったその行為について聞くしかないだろう。
「あー、それはですね。……お兄さん、xx大学ですよね」
xx大学とは、この駅の近くにある俺の通っている大学だ。
「そうだけど」
「そうですよね。それで今、俺中学三年なんですけど。今のうちから大学の勉強しておこうかな……なんて」
語尾がしどろもどろだ。
それにさっきから、テーブルの下に隠した右手をちらちらと見ている。
「大学の勉強、ね」
「早い奴はもう将来の志望校とか決めてるし、俺も決めたっておかしくないし、それにxx大学って頭良いじゃないですか。俺、頭悪いからお兄さんに勉強教えてもらえたらなーなんて」
「そう、確かに俺の大学は頭良いよ」
「ですよね」
「だから、外部生は珍しいんだ」
「えっ」
俺がいうと、彼は顔を上げた。
「ヘマさえしなけりゃ付属校からのエスカレーター入学が楽だよ。俺は中学から。だからずっとこの駅使ってるんだ」
ここは大学からすぐのところに附属中学から高校までそろっている学園都市。
「あ、あのっ」
「だから、俺もその学ラン着てたよ。懐かしいなー」
白々しくいってやれば、彼の顔から血の気が引いていく。
俺も通っていた附属中学の入学試験は恐ろしく難しいもので、”中学さえ入れれば大学まで安泰”なんて言われるほどだ。
だから、その中学の学ランを着ているこいつは頭が悪いなんてことは無く、わざわざ附属以外の大学に進む必要もないはずなわけだ。
つまり、今こいつが話したのは全部ホラ噺だってこと。
「……佐藤め」
彼はつぶやいた名前がさぞにくいのか、唇を噛みしめた。
「あのさ、俺だからよかったけど、あんまり人はからかわない方がいいぜ、優君」
訳も分からず喫茶店に連れ込まれて、おまけに分かりやすい嘘までつかれて、さすがの俺も、ねえ。
財布から俺と彼の分のコーヒー代、には少し多い千円を取り出すとテーブルに置いた。
まあ、高い勉強代ってことで。
手を暖めるだけで終わったコーヒーは惜しいけど、俺も二十越えた大人だし、残念な後輩に少し見栄を張って。
「じゃあね、優君」
また、電車で見かけるかもしれないけど。
そんな言葉は飲み込んで席を立った。
「待って!……京介さん!」
「えっ、お前」
出会いと同じように、コートの裾を掴んだ彼がいったのは間違いなく俺の名前で。
「西田京介さん」
「なんで、俺の名前」
「……席に戻ってくれたら、教えます」
駆け引き上手だな、中井優君。
だけど、さっきも同じ手を食らって、今ここにいるわけで。
「いいよ、俺帰るから」
コートを掴む手を手刀で払うと、足早に喫茶店を出た。
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