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ふたりの距離
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これを食べろという事だろうか?
そこでハッと我に返った。
それどころではない。
帰りたい事を伝えるなら今しかない。
勇気を出して、伝えろ自分!と己を励ました。
「あのっ」
祐羽が生唾を呑み込みながら声を掛けると、九条が「なんだ」と返してきた。
「ぁ…!」
ちょっと会話が成り立った。
それだけの事で、祐羽の気持ちは単純にも浮上していた。
九条も落ち着いているし、自分も心がなんとか落ち着いている。
そして、意を決して口を開く事に成功した。
「かえ、帰らせて、く、下さいっ!」
ちょっと吃りはしたが、なんとか言い切った祐羽はガバリと頭を下げた。
理不尽極まりない相手にこうして頭を下げるのは、どう考えても可笑しい。
けれど、今の祐羽にはこれしか道は無い。
昨夜の怒りをぶつけたい気持ちはある。
酷いことをされたのだから、当然の感情だ。
けれど、そうしたところで取り合ってもくれないだろうし、変に思い出させて再び暴挙に出られては堪らない。
それならば、せめて家に帰りたい。
家族の待つ家で、ひとり傷ついた心と体を癒したい。
家族に話せば、共に悲しんで怒ってくれるだろう。
でもそんな事になったら、家族が逆に酷い目に合うかもしれないと思うと、話は出来ないと思った。
それに、息子が男に犯されたとなれば恥ずかしいとか汚ないとか思われる可能性に思い至る。
祐羽は家に帰っても、今回の事は絶対に秘密にしなければならないと決めた。
この受けた仕打ちをひとり耐えられるか分からない。
けれど、これから生きて行くには耐えなくてはならないのだ。
「お願いします。帰らせて、下さい!」
再び頭を下げた。
すると目から水が溢れ落ちてきた。
自然と涙が出てきてしまったのは、家族に受け入れられないかもしれないという、自分の想像に感情が高ぶったからだった。
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