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「産まれたな」
「ああ、産まれたよ」
「ありがとう、三日月」
「こちらこそ、ありがとう、暁丸」
「なんでおまえが礼なんか言うんだよ? 卵産んだのはおまえだろ? 俺、なんにもしてねーぞ?」
「君が私の番いになってくれなければ、私はそもそも、卵を産むどころか、この身に宿すことも出来なかったよ」
「ああ――そっか、なるほど」
暁丸は、納得したように大きくうなずいた。
「混ざったみたいだな」
「え?」
「俺の色と、おまえの色が」
「ああ、確かに」
三日月は、白い大蛇の姿のままクスリと笑った。
白い大蛇がそのとぐろの中に抱きこんで大切に守っているのは、朱鷺色をした大きな卵で、確かに、紅竜である暁丸と、白蛇である三日月の色とが交わりあったような色をしていた。
「なあ、触ってもいいか?」
「もちろんだよ。優しく触ってあげてくれ」
「うん」
素直にうなずいた暁丸は、朱鷺色の卵をそっと、優しく撫でさすった。
「……なんか、ちょっと、あったかいような気がする」
暁丸は、卵を撫でながら真顔でつぶやいた。
「君の子だからね」
三日月は穏やかにそうこたえた。
「おまえの子でもあるだろ」
「ああ、うん、それはもちろんそうだけど」
「なあ、いつごろ孵るんだ?」
「さあ、それは私にもわからないよ。なにしろ、卵を産むのはこれが初めてだから」
「そっか」
暁丸は、再び素直にうなずいた。
「――痩せたな、三日月」
暁丸は、気遣わしげに白い大蛇の頭を撫でた。
「産む時に、力がずいぶんとこの子のほうへと流れ込んだからね」
三日月は、愛しげにそう言いながら桃色の舌をチロチロとひらめかせた。
「俺が、また、うまいもんいっぱい持ってきてやるから!」
「ありがとう、暁丸。でも、ひとつの場所であまりたくさん狩りすぎないでおくれ。調和が崩れてしまうからね」
「うん、それじゃ、ちょっと遠出したりもする。そのほうが、このあたりにはない珍しい美味いもんをおまえに食わせてやれるかもしれないし!」
「ありがとう、暁丸。君は本当に優しいね」
「なあ、三日月、なんか食いたいもんとかねえか? 腹へってるだろ?」
「うん……それじゃあ、軽くなにか食べようかな。確かにおなかもすいている、ような気がするけど、今は――」
大蛇の体がクネリと揺らいだ。
「とりあえず、眠りたい――」
「わかった。それじゃ、今日の御供え物から消化によさそうなもんやるな」
暁丸はいそいそと、社の片隅に積まれた御供え物の山から、暁丸なりに考えた消化のよさそうなもの、すなわち、握り飯だの生きのいい魚だのを選んで三日月の口に放り込み始めた。三日月は、あえて指摘はしなかったが、どうも暁丸の場合、『消化のいいもの』と、『飲み込みやすいもの』とをかなり混同しているような節がなんとなく見受けられる。
「ああ――美味しいねえ。暁丸、君も食べないかい?」
「俺が食ったら、おまえの分なくならねえか?」
「なくなってしまっても、君が狩ってきてくれるんだから大丈夫だよ」
「そっか!」
と、喜々として叫んだ暁丸は、そのまま自分も御供え物を口に放り込み始めた。殻がついたままの木の実を口に放り込んでガリガリと噛み砕き、ゴクリと飲み込む。
「おや、暁丸、君、木の実も食べるようになったんだ」
三日月は、少し意外そうにそうつぶやいた。
「おまえや村の連中が食ってるのみたら、なんか美味そうだなって」
暁丸は、ペロリと舌なめずりしながらそうこたえた。
「そうかい。でも、普通は殻を割ったりむいたりしてから食べるんだよ?」
「でも、俺、別に殻がついたまんまでも平気だもん」
「まあ、君がいいならいいけど」
三日月はおかしそうにクスリと笑った。
「おまえは、殻がないほうが好きなのか?」
「うん、まあ、殻つきのまま食べられなくもないと思うけど、でも、やっぱり殻はないほうが好きかな」
「じゃあ、おまえの分は殻を取ってやるよ」
と、言うなり、暁丸は硬い木の実の殻を素手で平然と、ペキペキと割ったりペリペリとむしったりして、むき出しになった木の実の美味しそうな部分を集め、満面の笑みと共に三日月の口元に運んだ。
「ほら、口開けろ、三日月」
「ありがとう、暁丸。――ああ、本当に美味しいねえ」
三日月は、桃色の舌をチロチロとうごめかしながら満足げにそう言った。
「美味いか。よかったな!」
「ああ、本当によかったよ」
暁丸と三日月は、幸せそうに笑みかわした。
「ガキが産まれてきたら、何食わせてやればいいのかな?」
不意に、暁丸は首をひねりながらそうつぶやいた。
「うーん、まあ、蛇の子だったらそれこそ、やわらかくて生きのいい肉をたくさん食べさせてあげればいいんだけど、この子には君の血も入っているから――暁丸、卵から孵ったばかりの竜というものは、いったいどんなものを食べるんだい?」
「えーっと……口に入るもんならとりあえずなんでも食ってみたな、俺は」
暁丸は真顔で、なかなかにとんでもないことを言い放った。
「なるほど。それじゃあ、まあ、この子にもいろいろと食べさせてみることにしよう。どうしても食べたくないものだったりしたら、きっといやがるだろうし、美味しかったら喜ぶだろうし」
三日月は、朱鷺色の卵の殻を桃色の舌で優しくなめながらそう言った。
「木の実の殻はむいてやったほうがいいか?」
暁丸は真顔でそうたずねた。
「そうだね、うん、産まれたばかりの赤ちゃんには、木の実の殻はむいてあげたほうがいいね」
三日月もまた、真顔でそうこたえた。
「そっか、なるほど」
「赤ちゃんにあげる食べ物は、基本的にはやわらかくて食べやすいもののほうがいいと思うよ」
「そっかー、なるほどなー。――なあ、三日月」
「なんだい、暁丸?」
「赤ん坊に、俺の血飲ませたら駄目かな?」
「そう、だね――正直君の血は、赤ちゃんには少し強すぎるんじゃないかとは思うのだが、しかし、この子は君の血を引いているわけだからね――」
三日月はしばし、尻尾の先を小さく震わせながら考え込んだ。
「そうだね、うん、とりあえず、ほんの少しだけあげてみて、それで大丈夫そうだったらだんだんと量を増やしていけばいいんじゃないかな。君の血はとても精がつくから、赤ちゃんの成長にもとてもいいかもしれないし」
「わかった。三日月、やっぱおまえ頭いいな!」
「ありがとう、暁丸。そうだね、私の血もあげてみよう。私の血だったら、君の血よりも赤ちゃんの体が受け入れやすいだろうし」
「確かに、おまえの血は美味いもんな」
暁丸は、その金の瞳をわずかにぎらつかせながらベロベロと舌なめずりした。
「……赤ん坊の血も、美味いかな?」
「駄目だよ、暁丸。それは、絶対に駄目だ」
三日月は、断固とした口調できっぱりと言い切った。白い大蛇の身体から、シューシューという威嚇音があふれだした。
「チェッ、わかってるよ。赤ん坊はちっこいから、ちょっと血をもらうだけでもヤベエんだろ? それっくらい、俺だってわかるって」
「わかってくれているのならばいいのだけどね」
三日月が軽くうなずくのと同時に、威嚇音が消えた。
「ああ――ごめん、暁丸。私、もう――なんだか、ひどく、眠くて――」
「うん、もう寝ていいぞ。俺がおまえが寝ている間、全部いいようにしておいてやるから」
暁丸は三日月の、白いうろこでおおわれたうねる胴体を優しく撫でさすった。
「ありがとう、暁丸。さて――それじゃあ、ひと眠りさせてもらうとしようかな――」
その言葉とともに、三日月の頭がゆるりととぐろの中へともぐりこんだ。
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