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ペラペラめくるパンフレットを覗き込んで乗っている写真を見るけれど、校舎の見た目だけじゃなく中身も相当お金持ちの趣味が覗き見える。傷一つない廊下に広いグラウンド、部活ごとに与えられているらしい体育館や部室、机に下駄箱に至るまで俺の学校で見るものと同じには見えなかった。
たかだか勉強するための机にいくら使うんだろう、なんてお金持ちの感覚を疑ってしまうけれど侑叔父さんもお金持ちなんだった。いや侑叔父さんは比較的庶民の心を理解しているからまだいい。でもこのどこもかしこもお金かけて生徒たちをお金かけて育てているという空気が、写真から伝わってくるのだ。
なんていうか、言い方悪いけれど養殖されているみたいだな。と思った。この校舎で危険も敵もなく過ごすわけなんだから似たようなもんだよ。
失礼なことを考えていれば、侑叔父さんは笑ったまま立ち上がってキッチンへ歩いて行った。コーヒー飲むんだろう、その背を数秒眺めた後改めてパンフレットを見ていればカウンター越しに声を掛けられた。
「この学校さ、うちの会社とちょっと繋がりあるんだよ。」
「…え?」
「輸入したもので高い調度品とかソコに行くことあるんだ。」
侑叔父さんは会社を持つ若き社長ってやつだ。その資産なんて数えるだけ眩暈がするだけだ。そのせいで俺のところに推薦来たの?とは言わなかったけれど、侑叔父さんには言いたいことがばれたらしく「それはないよ」とまた声を出して笑われた。
侑叔父さんは会社などに俺のことは話していないらしい、秘書の水瀬さんは除いて。その水瀬さんは信用している人でそういうことを話す人ではない。それは俺も週一くらいで会っているから良く分かる。
侑叔父さんから辿ってきたかと思ったんだけど、そうじゃないとなると…この推薦はどこからやってきたのだろう。俺の通う中学は至って普通の中学校だ。そこでなった首席にお金持ち学校が推薦を出す…やっぱり変な話だ。
こういうのは考えると止められなくなる。ミステリー小説や推理小説なんかを読んでいる時と同じ気持ちだ。一緒に考えながら物語を進めていくあの気持ち、勿論小説の中のような大きな事件でも謎でもないんだけど。
でも今の俺では分からない、麗城学園のことを何も知らない俺じゃ。そうなると欲しくなるのは答えよりもヒントや証拠品と言ったものたち、自分の力で解き明かしてみたい。別に小説の主役になるつもりなんてないんだ、ただ俺は俺の元へやってきた不思議を解き明かしたいだけ。
「侑叔父さん。」
「ん?」
水玉模様のマグカップにコーヒーと、横縞模様のマグカップにココアを淹れ終えた侑叔父さんが優しい笑顔のままさっきまで座っていた椅子に座り直して横縞模様のマグカップを俺に渡してくれる。
甘い匂い、本当は甘いものってそこまで好きじゃない。けれど侑叔父さんが俺にと淹れてくれるココアを飲み続けていたら、ココアだけは格別に好きになってしまっていた。
今日もまた淹れてくれたココア、まずはお互いマグカップに入っている温かい飲み物を口へ運びホッと一息吐き出して、今一度侑叔父さんを見て潤った唇を動かした。
「麗城学園に行くためには、何をすればいい?」
場所も偏差値も何も知らない学校からの推薦、俺は俺らしくないことにこのお年頃なら一度は憧れる謎や不思議を追ってみようと思った。
「…小虎…麗城学園は全寮制だから駄目。」
「別に問題ない。」
「俺が寂しいよ小虎!」
かくして俺は侑叔父さんに少しだけ(というには大人げなかったけど)反対されながら麗城学園への入学を決めた。
ちなみに決意を曲げなかった俺に侑叔父さんは本気で泣いて風呂にベッドにと常にくっついて離れなくなった、それを見て水瀬さんが「大人でしょう、しっかりなさい社長」と二児の母親らしく叱って蹴ってさらに泣かせた。
そんな侑叔父さんの涙からまた数か月後。
もともと少なかった私物をまとめ、侑叔父さんと水瀬さんに送ってもらいたどり着いた麗城学園は写真で見た通り白くて大きくてお金持ちの匂いがする。でも親近感わくポイントがあった。
それは写真じゃ分からなかったけれどものすごい山奥にあるという所、小学生の時は近所の公園にあった大きな木に登って遊んだなーなんてわくわくした。しかし山奥すぎる、侑叔父さんの住むマンションから車で4時間もかかった。最後に街を見たのだって1時間半前だ。
でも、それくらい離れている方がいいのかもしれない。両親を亡くしてから侑叔父さんに甘やかされて育った俺だ、逃げ場と泣き場を失うくらいがちょうどいい。
明日始業式があるという事もあって校門前には黒塗りの外車がずらりと並んでいる、俺が乗っているのもそうらしいんだけど違いがいまいち分からない。でも先に車から降りていく同い年くらいの生徒たちがチラチラこっちを見てくるあたり、侑叔父さんの車は外車の中でもかなり良い車なのかもしれない。
先に私物を送ったから身一つで乗り込む俺を、侑叔父さんは不安げに見つめてくる。水瀬さんもお使いへ一人行こうとする子供を見守る親の顔だ。
確かに事故にあってから一人で外出することは減った、いまだ事故のことを思い出して泣くこともあるけれど自分で決めたことだから。
「大丈夫、頑張るから。」
真っ直ぐ、侑叔父さんに言えば不安げな顔のまま口元だけ緩ませ口角を上げてくれた。車を校門正面に止めた水瀬さんは車から降りて後部座席の扉を開く。春先とはいえ刺さるような光が車の中へ差し込んできた。
シートベルトを外して鞄を持ち、車から降りれば校舎の大きさにまずは吐き気。でかすぎる、絶対に迷うよなと見てしまっていると俺を追って車から降りた侑叔父さんが「圧巻だね」とさっきよりも自然な笑顔で俺に言う。
お金持ちに圧巻と言わせる麗城学園ってすごいんだな、侑叔父さんに一つ頷いてから暫く会えなくなる保護者とその秘書さんに頭を下げた。
「いってきます。」
他に言う事あるかもしれないけれど、俺はまた二人の所に帰ってくるからって意味でそれだけ言った。周りの生徒たちの視線とか話し声とか聞こえてきたけれどあくまでマイペースに頭を上げたら、泣いた時みたいに侑叔父さんが俺をギュッと力いっぱい抱きしめてくれる。
コーヒーと香水の交じった匂いがいつの間にか安心させてくれる匂いだった、高級なんだろうスーツに皺が出来たらどうしようと思いながら遠慮がちに背中に腕を回した。
頭の上で鼻をすする音が聞こえてきたけれど何も言わない、感情をあらわにしない俺の代わりにたくさん感情を表に出す侑叔父さんのいいところだ。
「何かあったら電話するんだよ。」
「はい。」
「友達出来たら写真送ってね。」
「…許可がもらえたら。」
やっぱり泣いた侑叔父さんと涙をこらえていた水瀬さんを乗せた車が見えなくなるまで、ずっと見送った。
こうして始まった俺の麗城学園での生活、侑叔父さんには悪いけれど少しだけ浮かれていたんだ。だってやっと数か月前解けなかった謎の答えを探しに行けるんだから。面倒くさいと思いながら首をつっこむなんてらしくない、でも逆に俺らしい。妙なところでムキになるあたり。
校門をくぐった、それは桜が咲くには少しだけ早い日だった。俺は校舎内にある職員室めがけて足を動かした。
2014,11,27
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